2008年10月07日

ギターは顔で弾けって、言うらしい。

最近、ギター上達方としてそんな事を聞いて、

「なるほどなぁ、、、」

って、思いました。


354sora.jpg

さて、週末子供達の運動会も快晴に恵まれ、無事終了。

ノノも、リンタロウも、親の期待以上に頑張って、
子供達は、子供達なりに、成長してるなぁ、、、、としみじみ思いました。


僕は、僕なりに、せっかくなのでいろんな競技を見ながら
子供達をカンサツ。

サッカーもやってるから、割と幅広く子供達を知っているのですが、
終わった後で、夫婦で、

「あの子、よかったよねー。」


って、話すと、以外と同じ子供の名前があがります。

結果はそれぞれだけど、
共通するのは、結構、走ったり、競技をしている時の、
子供の「顔」だったりします。


「あの子、いい顔してたよねー。」って感じで、、、、、。


カッコいいとか、かわいいとか、じゃなくて、「いい顔。」


一生懸命で、必死の形相で走ってる子供達の顔は、
やっぱり心に残ります。
で、結局は、そういう子が、一番だったりする事が多いのも事実。

顔が先か、能力が先か?って、よく分からないけど、
僕は、能力よりも、「顔」のような気がします。

「顔」は、気持ちのあらわれ。
負けたくないとか、楽しくて仕方がない、とか、
そんな気持ちが、全部顔にでます。

ピアノだって、いい顔して弾いてる時は、音が全然違います。


生まれ持った能力の差、っていうのも、
もちろんあるんだろうけど、僕はそんなものより、
気持ちが能力を引き上げるって、事の方を信じています。


勝負事は、たいていそんなものではないかな。


清原が、サヨナラ安打記録を持ってるのも、実はそこだと思うのです。
もちろん、恵まれた才能も少しはあるんだろうけど、
野球が好きで好きでたまらない、っていう、その気持ちを、
誰よりも純粋に、強く持ち続けられた人なんだろうなぁ。。。。

だから、そんな記録を残せたんでしょう。

顔にすべて現れているような気がします。


レッズの田中達也も、やっぱ、目が違うし、、、、、、。






、、、、、とそんな訳で、
なかなか上達しない、僕の独学ギターも、
さっそく、顔作りから始めよう、と思う、運動会でありました。


いい顔して練習してたら、きっと結果はそのうちついてくる、、、、
はず、、、、、。


と、ついつい、すべての判断基準が、スクールウォーズな、
今日この頃でありました。


そういえば、滝沢先生も、いい顔だったなぁ、、、、。


おしまい。
























posted by 西久保毅人 at 02:30| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月08日

ミーのカー

僕は、生まれてこの方、車を所有した事がない。

つまり、ミーのカー、経験なし。35歳。

割と珍しいのかなぁ?と最近思います。

355.jpg

まぁ、エコとかそんな訳じゃゼンゼンなくって、
単純に、あんまり車に興味がない、って事が一番の理由かな?

あっても、ほとんど自転車で移動してしまうので、
めったに使わないだろうけど、やっぱり、子供3人連れて電車に乗るのも
時々、メンドクサイので、たまーに、あったらなぁ、、、と思うくらいです。

なので、やっぱり、当面、西久保家に車が来る事はないんでしょうけど、
年に数回は、ボケ防止のために、遠出の時は、
意識して運転するようにはしています。

そんな訳で、ずいぶん久しぶりに週末レンタカーで出かけたのですが、
たまにしか乗らない分、車の変化がよく分かります。
アクセルの軽い事。

ビックリです。

もはや、スピード出してるって、意識ないですね。。。。。
かるーく、足をのせてるだけのような、そんなカンカク。。。。

そんなんで、いいのかなぁ、、、?とかなり疑問に思いました。


僕はカンカク的に、車って道具っていうより武器だと思っています。

人間の能力を超えたテツのカタマリ。
ぶつかったら、一瞬で人の命を奪うカタマリ。

電車や新幹線は、あんまりそうは思いません。
線路があるから。

車が走る道路って、それと比べると、法律を守るっていう、
超楽観的なコトを前提に安全が確保されている訳ですが、
法律は守って初めて線路の役目をする訳で、
やっぱり、飲酒運転やバカが多い訳で、
年間、たくさんの人が死んでいますし、
秋葉原の事件なんて事も起こります。


なんで、こんな事を思ったかというと、
最近の事件で、中学生が車を盗んで、女の子が拉致されて殺された事件が
ありました。こういう事件は、子供を持つ親としても、腹がたって
しょうがないんだけど、この事件が言ってるのは、


今の車って、中学生でも簡単に運転できちゃう、ってコトなのです。

だって、アクセルに足を乗っけるだけで、動いちゃうんだから、、、。


実は、僕が中学生の時、僕の同級生数人が、夜中に車を盗んで乗り回してる
ところを警察につかまるってコトがありました。

結構、仲いい友達だったんですが、その頃の車って、ほとんどマニュアルです。
そいつらは、ちょっと道をはずしちゃうヤツらだったけど、
そもそも、マニュアルだから、半クラとかできないと、そもそも
車が動かない訳です。車のトビラが開けられたって、車を動かすには、
ある程度の訓練が絶対必要。
しかも、中学生です。

ヤツらなりに、きっとこっそり研究して、やったんでしょう。
ワルかったけど、同じくらいワルい事をするための研究には、手を抜かない
ヤツらでした。

だから、きっと、車が動いたーーーってコトだけに、
そうとう興奮できたから、彼らの悪事はそこで止まったんだろうな、
と思っています。


もちろん、こういうのは、あくまで一面的な確率の話だけど、
快適、楽、ってことだけで、車みたいな武器を進化させるのって、
絶対おかしいと思うのです。

だったら、その前に、
エアバックとか、全席シートベルトとか、
中の人間を守る事にばっかり力を注がないで、

ぶっつかっても死なない、
スポンジみたいなやわらかボディーを
作ってからにしておくれ、、、、と思うし、

それができたとしても、やっぱ、それなりに車の運転て、
技術が必要なものであるべきだと思うのです。


たまに運転する僕なんかが、1時間くらい動かないで、
困っちゃうくらいに。。。。


なんか、書いてると、アメリカの経済破綻と似てるなぁ、、。
扱ってるモノの大きさの実感が、どんどん麻痺して
一気に破綻しちゃうところなんか、、、、。


、、、と、そんなコトを考えつつ、運転してたので、
人のいる一般道では、のんびり、のんびり、
昔のやくざのような僕のドライビング。


それはそれで、タチがワルいけれど、
プップー、プップー、と後ろの車のクラクションにもめげずに、
時々、キリンにフロントガラスをなめられながら、
東京に無事、帰ってきたのでありました。


だから、もし将来、車を買う事になったら、
燃費の悪い、マニュアルの中古車にしようかな。


ミーのカーでゴー。


おしまい。


356.jpg

posted by 西久保毅人 at 01:38| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月13日

ぽっかり

週末、いつものようにリンタロウとサッカーへ。
ちょっと小雨だけど、練習やるだろうと小学校へ行ってみると、
なんだか、にぎやか、、、、。

そう、実は、街の保育園の運動会の日みたいで、
見るからに、どうやら練習は休みらしい、、、、。

がーん。

僕の一週間の唯一の楽しみの日。。。。。


まぁ、それはそれでしょうがないとして、
かといって、昼の打ち合わせまで何もする事がない。

急にぽっかりとできた午前中の時間。

何と言うか,とにかく最近、忙しくって、忙しくなくても
「なんかしなきゃ。」と思うタイプなので、
以外と、「何もする事がない」時間て、自分では作れないタイプです。

だから、なんというか、
急に、リンタロウと二人で、放り出されたような感じで、
しかも、子供と二人きりって、慣れてないし、、、、。

さぁ、困った、、、、。

まさに、定年後に、ボケるタイプですね、、、。


さて、そういえば、今日からリンタロウは新しいスパイク。
ちょっと色気を出して、ひも靴を買ってやったのはいいものの、
ひも靴って、実は結構むずかしいものだと、朝はかせる時に気がつきました。

そもそも、リンタロウはチョウチョウ結びができません、、、。

なので、せっかくなので、家で、チョウチョウ結び講習会をしました。

そもそも、ひも靴って、何歳くらいからできるのかしら、、、?
1年生なので、チョウチョウ結びの意味すら分かっていません。

教えるのも、実は結構むずかしいものです。

ノノはできるのかな、、、、。


いつもだと、僕もすぐにイライラしてしまうんですが、
そんな風にぽっかりできた時間なので、僕も久しぶりに
ゆったりした気持ちで、リンタロウのチョウチョウ結びに付き合いました。


とはいえ、まぁ、一日でマスターできるようなモノではなさそうで、
こりゃ、ひも靴失敗だったかな、、、、、、。



最後は、なんとかチョウチョウの形にはなったものの、
ふにゃふにゃチョウチョウは、すぐほどけそうでした、、、、。


そんな風に、のらりくらりと、リンタロウと過ごすっていうのも、
なんだか久しぶり。


午後からは、僕も仕事なので、じゃぁ、行ってくるねー、
というと、
大きな声で、

「はーい、いってらっしゃーい。」


、、、、ん???


リンタロウにいってらっしゃい、なんて言われるのって、
ほぼキオクにないぞ、、??


これも、ぽっかり空いた時間のおかげでしょうか。

いっつも、子供達には怒ってばかりなので、
たまには、こういう、時間って大切なんだなぁ、、、、


としみじみ思いました。



さて、事務所にいってメールを見ると、
サッカーの連絡メールが届いてました。


「今日の練習、神明中だよ、、間違えないでね。小学校じゃないから、、、、。 」



ガーン。


:
posted by 西久保毅人 at 02:36| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月15日

アングル

月曜日、来年1月に発売予定の「新しい住まいの設計」の取材で、
久しぶりに本間さんの家の撮影がありました。

かれこれ、完成後、3年半。

こんだけの時間を経過して、新たに撮りおろして頂けるのって、
この上なく、光栄な事です。

今回は、荻窪在住のカメラマン傍島さんの撮影で、
僕も荻窪、本間さんも荻窪と、地域密着型の取材体制でした。

358.jpg

本間さんの家は、これまでテレビ、雑誌含め、たくさんの方達に
撮影をして頂いた家です。
それでも、やっぱりシャッターを押す人が変わると、写真も
全然違います。

その度にぼくもお邪魔して、自分のカメラで撮影のまねっこ。
これまで、たぶん、1000枚以上の本間さんの家、を撮影しています。

まぁ、大抵は、飲みに行くだけですが、
その度に、自分なりの新たなアングルを発見します。

359.jpg

本間さんには悪いけれど、しょせん30坪の住宅。
でも、その度事に、新しいアングルの発見があるのが不思議。

今回も、3年半経って、初めて見つけたアングルがたくさんありました。

もう、撮るとこないだろ、っていうくらい、撮影していても、
いろいろあるのです。

設計中には、意識すらしてなかったようなアングル。
でも、無意識に、ものすごーく固執したディティール。

きっと、経過した時間が教えてくれたのかも知れません。


360.jpg

ケンチクは、変わらないはずなのに、
訪れるたびに、やっぱりちょっと、違います。

ケンチクもきっと、人間や社会の変化とは全然違うスピードで、
年を取っているのでしょう。
それを、変わる、というのかどうかは分かりません。

361.jpg

親子とは、また違うカンカク。
自分のもののようで、始まった瞬間から、自分のものではないケンチク。

もう、決めなくていい、という解放された状態で、
自分の決断のかたまりの中にいる時間。


やっぱ、ケンチクは奥深いなぁ、、、と思いつつ、
結局は、自分のものではないからこそ、
唯一、自分のものだと思える限られた設計の時間に、
こんだけエネルギーをかけられるんだなぁ、
と思いつつ、、、、。



という訳で、自邸は、小屋でいいや。。。。という結論。



.



posted by 西久保毅人 at 01:33| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

プロ

もう、3年前になるんですが、
植木さんの家の竣工写真を、友人のプロカメラマン吉村君にお願いしました。


建築写真というのは、大型カメラでゆがみを調整しながらとりまして、
さらに、光や影の具合、色の具合など、素人の僕には分からない測定をして
吉村君が納得いったら、やっと、シャッターボタンを押してくれます。

サルみたいに、何百回もシャッターをおして、下手な鉄砲、、、方式の僕とは、
根本的に違います。


となりで、いつも覗いては、技を盗もうと思っているのですが、
そもそも、吉村が何を計って、何をしているのか、すら理解不能な僕は、
根本的に、写真には向いていないとつくづく思います。


さて、そんな風にして撮影されるカットとは別に、おまけカットとして、
いつも、一眼レフでスナップ的な写真を撮ってくれます。


ちょうど、植木さんの家の隣りには、いつも放牧ウサギがいましたので、


「ウサギも、一緒にとっておいてねっ。」


と、注文をして、その日は先に帰りました。


で、吉村君がとってくれたのが、下の写真ですが、、、。

366.usagi.jpg ..................... 365.usagi.jpg


最近、久しぶりに、まじまじと見て、
なんか、ぞくっぞくっ、としました。

直感で、これはすごいしゃしんだなぁ、、、と感じました。



そんなの当たり前だけど、僕のウサギとは明らかに違う。
そして、いい写真、とかリアルっていう簡単な言葉では
表現できないような、
雰囲気というか、迫力というか、世界観というか、、、、、。


写真が分からない僕は、これ以上語れませんが、
ただ、何というか、たぶん、一言でいうと、


プロの仕事。


それが、一番、似合う気がしました。

どんどんカメラが性能が良くなって、誰でも高画質の写真が撮れる時代ですし、
加工技術で何でもありな、デジタルの世界。
でも、素人が、絶対に超えられないところに、吉村君の写真はあるように
感じました。


プロって言うのは、その技術でご飯を食べる事です。


もっというと、それでご飯を食べるって、「決める」事です。


それが、僕のプロの定義なのですが、写真においても、
その差は、とっても大きいなぁ、とつくづく思いました。


写真みたいに、万人が、誰でも撮影できるものだからこそ、
プロと素人の差は、果てしなく大きいような気がしました。


と、そんな事を、久しぶりに見た写真でしみじみ思ったのでした。


独立してからこれまで、
さんざん、撮影してもらっておきながら、

おまけのウサギの写真で、吉村には悪いけど、、、、。



posted by 西久保毅人 at 20:01| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

手間の迫力

環八沿いで計画中の、BM荻窪。

バイカーズマンション、といって、
バイク好きな人のためのガレージのある賃貸マンションです。

4世帯くらいが、ちょうどいい大きさなのに、5世帯いれて下さい。

という、まぁ、ありがちな要望。

でも、そういう要望も、マイナスにとらえるか、積極的にプラスに考えるか
どうかで、新しい世界が見えてきます。

そんな訳で、案の定、積極的に考えすぎた訳で、
曲面の壁沿いに、立体的に交差する、不思議なメゾネットができつつあります。

しかも、それをコンクリートで作る訳で、、、。

しかも、お約束のように、土地も狭い訳で、、、、。


368.jpg


大きな曲面型枠は、なんとか工場で加工して頂いていますが、
階段に関しては、すべて手作業。
階段を、曲面にそって作る訳なので、階段の裏なんか、3時曲面。

なので、大変な手間をかけて、職人さんに、一枚一枚現場合わせで
作ってもらっています。


そんな仕事がようやく4階までできあがり、型枠も順に外されて、
ようやく内部空間が少しずつ現れてきています。

371.jpg

ねじれあう空間自体も、思った以上に楽しいんだけど、
それ以上に、職人さんがかけた手間のオーラが、なんかムンムンと
コンクリートの質感から伝わってきます。


職人さんの仕事としては、

早い、高い、簡単、

が一番割りに合うんでしょうけど、
僕の仕事はいつも、どっちかというと、

せまい、安い、でもメンドクサイ。


でも、かけて頂いた手間は、確実に空間に残っていきますし、
確実に工業生産品とは違う建築になります。

369.jpg


、、、、なーんて、口では何とでも言えますが、
ホントに大変そうです。
コンクリート打ちも、残すところ、後2回。


そんな仕事を、いつもニコニコしながら、冗談を飛ばしつつ
引き受けて下さる職人さん達には、ホーント、感謝! 

なのです。







posted by 西久保毅人 at 23:35| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

浦安駅から、ちょっと歩いた所に、

「浦安フラワー通り」

という、小粋な名前のレトロな雰囲気の街があります。

374.urayasu.jpg

ゼンゼン、知らなかったんですが、この通り沿いの分譲地の設計のご相談が
あったので、ちょっと前に、ブラリと現調にいきました。
なにせ、土地を購入された栗村さんは、神奈川に住んでるのに、わざわざ
浦安の土地が出るのを待ちに待って、購入されるとの事。
はたしてどんな街だろう、、、?

行ってみると、都内でいうと、谷中や根津のような昔ながらの魅力的な
路地の街。そんな街の中を、海につながる一本の川が流れています。

休日だったのですが、おじいちゃんから、若者まで、通りすがる人みんな
片手にカメラ。

通り沿いにも、民家を改築した写真館がチラホラ。

通り中のいろんな場所に、写真が飾られていました。

このフラワー通り自体が、どうやら写真をテーマに町おこしをしているようです。

375.urayasu.jpg

確かに、根強いファンがいそうな街。
味のある古い建物が、大切に使われています。

でも、谷中でも、根津でも同じだけど、結局、そういう街の魅力を作って
いるのは古い路地や、木造の軒の低ーい建物。
そんな昭和の建物は、老朽化して、立て直される訳ですが、
下手に商業地域指定で、容積率があるものだから、
素敵な通りに、バーンと、身もふたもない高い賃貸マンションができてし
まい、そういう新しい建物が、どんどん街の良さを消しています。

あと、100年くらいしたら、どうなる事やら、、、、。


で、同じ事をここでも思いました。



シキチは、案の定、小さな敷地を、さらに3分割するという角地の分譲地。

フラワー通りの終点近く。


頼まれる予定の敷地は、そのうち一個だけなのですが、
どうしても、バラバラに作られるのが納得いかず、

「なんとか、3つとも設計できないだろうか??」


と、ぬけぬけと、思ってしまいました。


で、チラシに書いてあった不動産屋さんに電話。


「あのー、ずうずうしいとは、承知の上ですが、
 
 全部設計させてもらえませんかね?」


とりあえず、会ってはもらえる事になり、僕なりの提案をさせて頂きました。


372.urayasu.jpg

一個、一個の土地は、とっても狭い。
その数字は、どうする事もできません。
敷地境界線の中だけの設計では、ただの薄暗い部屋をしかたなく
つくるだけ。

でも、よく考えると、そりゃ、人は、ずけずけと他人の敷地に
入り込む訳にはいかないけれど、光や風は、なんの権利にも
法律にもしばられていないから、他人の土地や屋根の上を通過しても
良い訳です。

それだけを、考えてみると、実は、結果的にそれぞれの家が、
光にあふれ、風の通り抜ける快適なすまいになっていくはずだ、
という事を考えました。

376.urayasu.jpg

一つの敷地での限界を、三つ同時に考える事で、可能になる快適さ。

一つ分の敷地の値段で、三つ合わせた敷地に住んでいるようなカンカク。


、、、、と、そんな事を、とつとつとプレゼンした所、
相手の不動産屋さんの社長、星さんも、同じようなこころざしを
持った方で、

「ぜひ、やりましょう。」

と、ものすごく前向きに考えてくれました。


と、いう訳で、話はトントン拍子に進み、明日10/25(土)の
浦安あたりの新聞に、折り込み広告を出してくれる事になりました。

最終形はどうなるか分かりませんが、星さんと相談して、
こんな原案を考えました。



373.urayasu.gif



どんな反響があるか、とても楽しみです。

もちろん、実現するかどうかも大切ですが、
僕一人ではできないような事、ただの妄想でいつも終わってしまうような
事を、星さんのような、違う分野のプロとくむ事で、新しい道が開ける、という
のが、ちょっと新鮮な感覚でした。


実は、それって、この計画案と同じ事なんですけどね。。。。。


posted by 西久保毅人 at 00:56| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月28日

オスとメス

今日はノノの誕生日。

早いもので、もう9歳にもなってしまった、、、。


377.nono.jpg

まぁ、ノノが9歳ってことは、僕も結婚して9年という訳で、
これだからできちゃった結婚は、分かりやすくていいですね。


9年前というのは、僕も26歳。
その頃は、僕よりもハラさんの方が忙しそうだったから、
ノノとはよく二人で遊んだり出かけたり、、、とヒマにかまけて
よく世話をしたもんです。

そんな訳で、ノノはいまだに、僕に割となついてくれていますが、
アト二人はダメですね、、、、。

三つ子のタマシイ、、、とはよく言ったもんだなぁ、、と思い知らされます。


まぁ、でも、9歳、しかも女の子、というのは、父親的には、
ちょっと微妙な感じな今日この頃、、、。


もう、3年生ともなると、たいてい週末は友達と遊びにいっちゃうし、
学年で一番でかい訳なので、全裸でウロチョロされると、見ていいやら、
見ていけないやら、、、と、父親的には、困る訳です、、、、。


昨日も、家で映画を見ていて、エッチなシーンがあり、
僕と、リンタロウは、デレデレと、画面にかじりつきながら見ている訳ですが、
すーっと、いなくなるノノ。

そのノノを気にするのも変な感じがしつつ、
なんとなくウロチョロしたり、
二階に行ってみたりというノノの気配を背後に感じつつ、
エロ顔で、ニヤニヤしているリンタロウを見つつ、
ソファーでは、ソラが高イビキをかきつつ、、、、。


うーーん、実に複雑な状況。。。。。


まぁ、その場は、リンタロウがさっきのキスシーンの復習のため、
寝ているソラの口をなめ回しはじめたので、
ソラが怒って泣いて起きだし、
なんとか難は逃れましたが、映画見るのも一苦労です、、、。



そういえば、最近、どんどん銭湯がつぶれて近所は全滅ですが、
ノノが小さい頃は、よく二人で銭湯にいきました。


僕の子連れナンパ大作戦のエサとして、東京女子大の学園祭にも
いったな、、、。



、、、、と、いろんな思い出があるのですが、自分の子供なのに、
女の子だとなんとなく、一緒にできる事が減って行く感じがして、
ちょっと寂しくもあります。


足なんかは、もう23センチ、、、、、。


どこまで、デカくなるつもりなのか、、、?
僕は、どっちかというと、小柄な女の子がタイプなのに、、、、。


、、、、まぁ、とにかく、女は、メンドクサイ、ですね。。。。



そんな訳で、最近、僕はもっぱら、ヒマさえあれば、リンタロウとサッカー。
ボール蹴って、走ってりゃ、幸せなんだから、


やっぱ、オスはシンプルでいいです。


378.rin.jpg

























posted by 西久保毅人 at 01:06| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月30日

アイラ、ビュー

たまたま、夕方家で晩ご飯を作っていると、
大騒ぎでノノとリンタロウが帰ってきました。


「ねぇ、パパ。リンタロウが好きな女の子がいて、
 あしたコクハクするんだってぇ!」


アホか、、、、、、。


ほっていてると、二人で何やら、コクハクの方法を考えています。


「ねぇ、パパは、小学校のとき、コクハクした?何て言った?」



「あのさぁ、、、、いつも話すように、パパは小学生の時は、
リンタロウ達みたいに活発じゃなかったし、どちらかというと、
 日陰にひそかに生えてる雑草的な感じだったから、そんな、
コクハク、以前の問題だったよ、、、、。そもそも、たいてい、
パパの好きな子は、他の人気者の男の子が好きだったし、、、、。」


そんな訳で、僕の小学生のコロの、経験談は参考になりません、、。


「ふーーん、、、。リンタロ、好きですって、言えばいいじゃん。」

と、ノノ。

「いえねぇよ、、、、、、、。」

「じゃぁ、紙に書いて渡せばいいじゃん、、、。」

「あー、それがいい。」

と、今度は、ラブレターの練習。。。。。。

「ねぇ、パパ、好きですって、英語で何て言うのー??」



「うーん、アイラブ ユー、、、、かねぇ、、、。尾崎みたいに。
 それだったら、パパが歌ってやるけど、、、。」



「うぉーっ。それがいい。あいらびゅう、、、、。
 それ、カタカナ???」


と、いう訳で、ラブレターは、アイラビューに決まったようです。


「ねぇ、ノノ、びゅーって、どう書くの?? びゅー。もう習った?」


ほぼ、毎日ケンカしてるくせに、今日は、不思議なほどの協力体制で、
リンタロウのラブレターを書いてるのがとてもおかしい。

そんな訳で、家に落ちてる紙を拾っては、練習開始。
そんな切れ端や、宿題のウラに書かれても、もらう方は微妙だと思うけど、、、。


379.rinn.jpg



しかし、子供の字って、意識すればした場所だけ、デカくなるっていうのが、
結構笑えます。。。。

今回は、まだならってない「ビュー」を意識しすぎたようです、、、、。



そもそも、びゅー じゃないけどね、、、。


posted by 西久保毅人 at 22:16| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月02日

ワークショップ

週末に、工事中の吉原さんの家にて、塗装のワークショップを
行いました。
ポーターズペイントという塗料の会社に主催して頂きました。


382.yosihara.jpg

僕は基本的に色を使うのが好きで、それに関してはあんまり抵抗はありません。
というか、むしろ、木とか、コンクリートとか、と同等の空間や、
生活を豊かにする一つの素材っていう風に思っています。

でもなかなか、良い風合いの色見を出せる素材がなくって、
クロスにしても、ペンキにしても、そんな目でいつも探していて、
そんな中で出会った塗料がポーターズペイントでした。
発色もよく、石灰や砂を配合する事で、左官仕上げのようなムラや肌理を
作れるので、かなりボク好み。

いいとこはいろいろあるのですが、
今回、結構な面積のワークショップをしてみて、感動したのは、
天然素材が使われているので、ほぼ無臭、っていうコト。


それって、材料としては、結構エラい事です。

381.yosihara.jpg

ちょっと似てる事なんですが、
以前、小さな増築の仕事の際、骨組みから、外壁まで、ほぼすべての木材を
ヒノキで作った事があります。
その現場の、においのいい事!

現場どころか、削れば削るほど、近隣にまで、ヒノキの良いにおいが
広がっていきました。

いいにおいがして、イヤな人はいません。

通りすがりの人が、

「まぁ、いいにおいのする現場だこと。」

と、言ってくれたのを覚えていますし、

大工さん達も、心なしか、いつもよりニコやかな感じでした。




基本的に、僕らの建設業って、迷惑業です。
気を使っても、音は出るし、ホコリはまうし、、、、、と、
なんか、頭下げる機会のホントに多い仕事です。

380.yosihara.jpg

まぁ、そんなもんだ。

って、思うのも一つですが、
これまでの何十件もの現場を経験して思うのは、

ケンチクを作るプロセスが、建て主だけでなく、
近隣の人達もハッピーにする出来事にならないだろうか?

って事です。

そうすれば、新しい建物も、もっと古い街にとけ込む事が
できるだろうし、お祭りが始まる前のワクワク感みたいに、
工事をみんなが楽しみにできるのにな、、、って思うのです。


これは、ちょっと一筋縄ではいかないテーマではありますが、
そうなる事で、職人さん達ももっとかっこ良く映ったり、
気持ちよく働けると思いますし、ケンチクの現場が、
街の子供達のキオクに残る、あこがれの原風景となり、
それは、結果としてお金を払い、そこにすみ続ける建て主の財産
となっていくと思います。


そんな訳で、とりあえずは、泉水さんの家の上棟の時に、
山縣さんが歌ってくれた「木割りの唄」でも覚えようかと
思う今日この頃でありました。





posted by 西久保毅人 at 23:50| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

魔法のことば

最近、ちょっとピアノの練習サボりぎみ、、。

ボクと反比例にノノはどんどん上手くなります。

さて、そんな先日。
今週も練習あんまりしてなくて、そろそろノノのレッスンも
終わりかけた頃。
もう、次の子がくるから、今日はボクは弾かなくていいかな、、、、、
と、ホッとしていたのに、なかなか次の子が来ません、、。


「じゃ、パパ、ホラ、レンダンやるわよ、、、、。」

と、けーこ先生。


ドキリ、、、、、、。


まぁ、いいか、テキトーに、、、、と席に着くやいなや


「、、、、、感動させてよねっ。」

と、ポツリとひと言。


なんか、背筋がゾクッとしました。
まぁ、かれこれ、35年ほど生きてきた訳ですが、
女に人に限らず、

「感動させてよね。」


なんて、初めて言われたんじゃなかろうか?

「もうーー、そんなつもりだったんなら、
 もっと前もって言ってもらわないと、
 僕にも心の準備ってヤツが、、、、。」


と思っても、時すでに遅し。

けーこ先生の言葉に、一人舞い上がりつつ、
いつもより間違えながら、ノノとレンダン。

苦笑いしつつ、
「この曲、発表会で弾かせるから、カンペキにしてね。」


383.keiko.jpg


感動させてね、か、、、、。


真っ赤な髪のけーこ先生は、ホントに言葉の魔法使いだと、いつも思います。
なんというか、音楽は音を楽しむって書くように、楽しい気持ちで
演奏すると、その気持ちが楽器や声にのり映ります。
そのためには、その気になる事、させる事が一番大事。

その気は、きっと、技術を超えていきます。


それは、サッカーでも、ケンチクでも、なんでも同じ。


そんな言葉を、言われちゃったら、木にも登るし、
空も飛んでしまえそう。少なくともボクはそういうタイプです。



そして、けーこ先生も、いつもボクやノノなんかに対しても、
いつも真剣勝負。プロの音楽家なのに、短い僕らのレッスンの
時間ですら、音楽という土俵の上では対等なのだ、というのが
伝わってきます。


だから、ホントに、レッスン中のけーこ先生の言葉や演奏に、
涙が出そうになる事がよくあるのです。


ホントのプロっていうのは、こういう事をいうんだな、
と、しみじみ感動して、
まんまと、「その気」にさせられたケンチクのプロでありました。


今度、大工の加藤さんに言ってみよう。


「感動させてよね。。。。。」


男に言われても、微妙かな、、、、、。
posted by 西久保毅人 at 01:34| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月10日

作品

ちょうど、4年前に、こんな文章を書きました。

この頃は,まだ独立したばかりで、やっと3件の家をお引き渡ししたくらいかな。

それから、4年経って、今ではその10倍の30件の家が完成しました。

ちょうど、この週末に、たまたま、その30件目の和田さんの家にて、
和田さんの計らいで完成パーティーをして頂きました。

入居後半年が経ち、生活も落ち着いた空間にて、
作ってくれた山縣建設さん、大工さん、ペンキ屋さんから、
クリーニング屋さんまで。

もちろん、場所は2階のテラスで、肌寒い中、
車座になっての楽しい宴会。

面白いのは、到着するやいなや、みなさんそれぞれの工種で気になる場所が
あるらしく、自然とチェックが入ります。


「あのー、今日は飲み会なんですけど、、、、、。」


384.sora.jpg


実は、不思議な事なのだけど、今の建設業の仕組みは、基本的に分業制なので、
自分の持ち場が終わると、次の現場へ、、となるため、最終形を見れない職人
さん達って、以外と多いのです。
たくさんの工事を監理していて、そういう事をある時から考えるようになりました。

僕らは、設計をしているので、工事中から入居後まで、
割とあらゆるタイミングで自分の仕事を確認できるのですが、
職人さん達は、直しに来る以外は、そうそうできません。


そんなのは、たぶん、世の中では当たり前の事なんでしょうけど、
なんか、僕はそれがイヤなのです。


自分だったら、絶対見たいなぁ、、、、。
どう使われているか、その時の決断が正しかったか、
家族は喜んでくれてるだろうか? ホントは使いにくいんじゃないだろうか?
街並になじんでいるか? まだ、建っているだろうか、、、?

ものを作る人間として、僕はそれを確認できないと、
先に進めないと思ってますし、それを知るための作業がある意味、作る、
という事なのでしょう。
それは、職種が違っても,たぶん同じ。


だから、工事中でも、オープンハウスでもなく、
生活が落ち着いた状況を、ぜひ、関わってくれた方々に感じて頂きたい、
と常々思っていました。

385.sora.jpg


会の中で,和田さんに、

「住めば住むほど、皆さんの作品に住んでいる、という気持ちが
 日々、強くなるんです。」


と、言って頂きました。


実は、まったく同じ事を、5年前に星さんにも言われました。


作品っていう言葉。


独立する前から思ってたのですが、
自分の名前で仕事を頂くようになって、より強く思ったのが4年前。

その考えは、30件をすぎても、やっぱり変わりません。


ケンチクは、僕の作品ではないという事。

ケンチクは、建て主、設計者、施工者の共同作品である、という事。


だって、その3者のどれが違っても、同じものはできないのだから。
だから、和田さんが言ってくれたように、みなさんの作品というのは、
とっても、スッキリくるのです。

もちろん、今回は和田さんも作者の一人なんですけどね、、、、。


人に言わせりゃ、
結構、どうでもいいコトなのかも知れないんですけど、

それが、唯一変わらない僕の「根っこ」。




、、、と、そんな訳で、僕の中のその根っこは日々どんどん深くなり、
少々、まわりにメンドクさがられる気もする、今日この頃ではありますが、
もっとたくさん、こういう機会は持ちたいものです。


もし、いままでのニコの家で、よし、ぜひウチもっ、て方は
遠慮なく御連絡下さい。
工事中の家もご遠慮なく。


家を肴にお酒さえ飲めれば、
職人さん連れてどこへでも飛んで行くのが、
僕らのとりえなのでして、、、、、。


おまけに、大食いの3匹の子ブタはついてきますが。

386.sara.jpg
posted by 西久保毅人 at 04:13| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月15日

わが町

資本主義社会は、拡大し続けないといけないらしい。。。。


大きくなり続ける、、、、。


それって、根本的に、無理なんじゃないかな、と最近思います。
だって、チキュウの大きさ決まってるじゃん。。。。


リクツは分かるんだけど、絶対、どっかで破綻するシステムなんだろうなぁ、
しかも、みんなそれを薄々分かってるのに、止められない、っていう矛盾を
言わない事が、オトナなんだろうか、、、、?


社会の事は、よく分からないけれど、
この世界的経済パニックの時に、ここぞとばかりに
大きなカイシャ同士がどんどん合体していくのが、
なんだか、生物の自己防衛本能を見ているようで、不思議です。


でも、これは今は大きな会社で起こっているけれど、
例えば、大昔に大きな国が植民地をどんどん増やしていって、
領土と、自分色の子孫を増やしていく事で、世界で国力比べをしていたように、
王様や殿様が何人も側室をもって、自分色の子孫を増やしていったように、
トドもハーレムをつくるように、

要するに、オスのどうしようもない本能なのかも知れません。


世界をオレ色に染めてやるっっ、ていう。。。。。


それにしても、この買収合戦で大きくなった先には何があるのか、

というか、究極は、1業界1社?

もっというと、企業の最終目標は、世界に、1社?

仮にそうなった先に、何があるのか、よく分かりません、、、。


競争相手がいなくなったら、誰にも威張れないし、
スゴいですねっ、て言ってもらえないよなぁ、、、、、、。
と僕は思うんですけど、、、。


まぁ、現実的には、チキュウという大きさのあるものの上で、
無限に拡大していくという、スタートから矛盾しているのが、
資本主義なんだろうし、でも、理論上の矛盾なんて、
生き物の本能には勝てないっていうのが、真実なのだろうし、、、、。
頭じゃ分かっていても、体はゆうこと聞かない、、、。


でも、ホント上手くできているなぁ、と思うのは、
その無限拡張を現実に可能なのだっ、て本気で思わせる
インターネット世界が誕生した事。
今の時点では、きっと皆、「底なし」だと思えますし、
そもそも、「底」っていうのは、あくまで3次元空間の考え方だから、
四方八方に無限に広がり続けるっていう感じかなぁ、、、。

とにかく、チキュウ、という物理的な条件を、一時的にでも
忘れられるシステム。

人間には「からだ」がある、って事すら、忘れさせるしくみ。
脳だけでいいのかって、思ったら、
人造人間キカイダーに出てくる
ハカイダーを思い出してしまった、、、、、。

まぁ本当に人間に都合良くできているなぁ、、、と思ってしまいます。
都合がいいから、人間が作ったんでしょうけど。
でも、無限拡張なんて、あるわけないし、
どこまでも大きくなれるなんて、
アクセルを踏めば踏むほど、スピードが速くなり続ける車のようなモノ。

もしそんな車があったら、あるスピードまでは
もちろんスピードを楽しめるんだろうけど、
ある一線を超えたら、たぶん、もう、自分ではもちろん、
まわりも止める事はできないでしょうし、
止まる時っていうのは、事故とか怪我とか、そんなレベルじゃなくって、
一瞬にして、ぶつかると同時に、自分もまわりも
「無」になるのかも知れません。

そんなもう降りれない車に、知らず知らずと最後まで乗っちゃって、
世界最高速度を記録して、くだけ散ったのが、
リーマンブラザースだったのでしょうし、みんなそれ見て、
ギリギリで飛び降りてるだけなのでしょうけど、そんな車だから
飛び降りても怪我だらけで実体が見えないほど、、、、、。

事の大きさが世界中に広がったのは、アメリカの規制が緩かっただけで、
ライブドアや、村上ファンドは、その縮小版だったんだなぁ、と思います。

実体がないから、実感が伴わないんでしょうね、、、。
そもそも、ギガが、重いって、何???
その時点で、僕には実感ありません、、、、、、。


さて、そんな事を考えつつ、ちょっと前に敷地を見に行った街。

387.jpg

そうです、僕の街。西久保町。

389.jpg

バス停もあれば、

390.jpg

歯医者もあるし、


388.jpg

もちろん、ビルもあります。

西久保って、名字自体、佐賀でもうちの近所に数件しかなかったし、
東京で、西久保さんって会った事ありません、、、、。

だから、ちょっとこそばゆいような、
でも今度親が来たら、自慢げに案内してみたいような、、、、。

森さんもこんな気分なんでしょうか?森ビルって、、、、。



まぁ、言わば、疑似西久保帝国の体験。
でも、正直言って、ここに住むのは僕にとってはちょっと、、、、、。
そういう街が東京にあったっていうのは、
ちょっと幸せでしたけど。。。。。


理屈はともかく、
やっぱり、ゾウも、カバも、キリンも、ラクダも、ペンギンも、、、、、
まわりにいろいろいる方が、楽しいと思うけどな、、、。


、、、、と、そんな訳で、一軒、一軒、小さな家を
一つも同じものを作らないぞっ、と超実感型で設計し続ける
西久保でありました。

僕は、拡大は興味ないけど、拡散し続けていきたいかな。


どっちかと言うと。

391.jpg

posted by 西久保毅人 at 01:34| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

チンゲンサイ

最近、ノノがうるさい。

どううるさいかというと、
とにかく毎日、ちん毛、ちん毛、とうるさい。


「ちんげっ、ちんげっ、ちんげんさいーーーーーーっ。」

しかも、踊り付き、、、、、。


392.jpg


ちまたでは、鼻毛ボーっていう歌がはやっているらしいから、
多少は、その影響もあるのだとは思うけれど、

9歳、3年生、ただでさえ142センチのデカ女だから
微妙なところではあります。

まぁ、でも基本的に僕は、
そんな「ちんげっ、ちんげっ」と楽しそうに踊るノノは、
それはそれでいいじゃん、と思っているし、
極力、放置してカンサツしてみよう、と思っています。


母親的には、微妙らしいですけど、、、、。


よくよく考えてみると、
人生の中で、女の子が
「ちんげっ、ちんげっ」と楽しそうに踊れる時期って
どのくらいあるでしょうか?

まぁ、9歳、10歳くらいがいいとこだろうし、
もっと一般的で、品のいい家庭に産まれてしまったら、
一生、口にもしないかも知れません。

むしろ、そういう子の方が多いでしょう、、、、。


「ちんげ」


それは、そんな限られた人しか、実際に口に出せないような言葉。



だったら、言いたい時に、言いたいだけ言ってた方が人生得だよな、、、、。
どうせ、もう少ししたら、さすがのノノでも、
その後はきっとおばちゃんになるまで、
数十年間程度、封印されるんだろうし、、、と、思っています。


おばちゃんになっても、踊れるかどうかは、分からないけど、、、。



まぁ、これに限らず、子供って、
ある時期にしか出せない声とか、顔とか、仕草とか、能力とか、、、、、
そういうのがいっぱいあります。
子供の成長って、とても早いから、
あれよあれよという内に、そういうのが産まれたり、消えたりの繰り返し。


気づくと消えてしまうから、
そーっと、できるだけ長く長くつづくように。。。。


と、何となく思ってしまうのです。




言った事がある、という事が、
いつか、きっと財産になる。 by堂本監督



か、どうかは知りませんけど、、、、、。



、、、、、ならねーだろうな。たぶん。

posted by 西久保毅人 at 22:38| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

ことわり力

先日、いつもの自転車現場ツアーの帰りの夕方、
ぶらりと荻窪の藤孝建設さんに寄ってみました。

明かりがついてて、社長の佐藤さんがチラリと見えたので、、、。


藤孝さんは、独立するずっと前に知り合った工務店。
前職の象設計集団の古き良き時代に、木造住宅の名作を
次々に施工した腕のいい大工さんがいる工務店です。

僕が独立してからは、
中山さんの家、岩渕さんの家、植木さんの家、と3件を
作って頂きました。
最近は、ちょっと縁がなくて御無沙汰です。

見積りが合わない事もあったんですが、
それよりも、ほとんど見積りを頼む段階で、タイミング悪くて、

「ごめんねー、ちょっと混んでて、、、、。」

という、事がほとんど。

つまり、ある量以上は、絶対やらないし、受けないし、
受けれないものは、見積りもしないっていう、
結構、そこは徹底されています。

そんな訳で、最近は工事が頼めていないんですが、
たまに通りがかる時に、佐藤さんの姿が見えると、

「こんにちはー。」

と、お話をさせて頂きます。


「そういえば、こないだ、荻窪で良い工務店を知り合いが探してたので、
 藤孝さん紹介しときましたけど、どうでした?連絡ありました?」


と聞くと、

「あぁ、、ちょうど、現場が重なってて受けられそうになかったから、
 断っちゃったよー。ごめんねぇ、、。」

と、佐藤さん。

また、やっぱり、、、、。


これだけ書くと、なんか、頑固オヤジの工務店ぽいですけど、
佐藤さんは、とても温和な社長さんで、僕は大好きな人です。

だから、
僕も同じ商売をするものとして、
大先輩の佐藤さんのような温和なんだけど、
断固としたことわり力というか、
自分のポリシーというのは、とても勉強になります。

それは、自分が責任の持てる「適量」っていうのを、
いつも意識してるのでしょうし、だから、長く続いてきたのでしょう。

ホント、いつも仕事はたえません。


佐藤さんは、先代から後を継いだ2代目。
だから、たかが5.6年目の僕なんかとは比べものにならないほどの
何十年もの歴史があります。

景気も良かったり悪かったり。
法律も何度変わった事でしょう。

そういう、大きな節目や波を乗り越えてきた工務店。

たぶん、そういうところは、2通りあって、
最初はいろいろやったけど、
どんどん、無難な材料やメーカー品、クレームの来にくい家作りに
なってしまい、リスクのある事やらなくなるところの方が
多いのではないでしょうか?

要するにだんだん無難になっていって、チャレンジしなくなるパターン。
その方が楽ですしね、、、、。
メーカー品の寄せ集めの方が,すべての責任をメーカーにふれるので
気は楽なんでしょう。
中には、木はダメだよ、腐るし、、、。ていう大工さんもたまにいます。


おいおい、お前は何屋さん??

と、つっこみたくなってしまいます。
まぁ、そういう人とは、仕事しませんけど。。。。


でも、藤孝さんは、ゼンゼンそうではなく、
むしろ、いろいろ工夫して、一緒に考えてものを作るのが好きな人。
日々、

「こういう方が、ぜったいいいよなぁ、、、。」

って、考えてる人。

そういう姿勢は、ゼンゼン変わりません。

だから、お客さんも、そういう家作りを求めて、
こだわりを持ったおもしろい人が訪ねてきます。



藤孝さんに比べたら、僕なんかまだまだ、ヒヨッコなのですが、
あいかわらず、素敵な人だなぁ、、、とつくづく思い、
どうしたら、こうなれるんだろう??と、帰りの道すがら、
考えていました。


こだわるためのことわり力。


そんな訳で、
仕事をするしないは、縁やタイミングもあるんですけど、
今後も押しかけて、いろいろ勉強させてもらいまーす。



さて写真は、植木さんの家(2006)の手刻みのしぐち。
なんか、いいよなぁ、、、。手刻みって。



人が手で考えた「跡」があるからかな、、、、、、?


393..jpg
posted by 西久保毅人 at 01:18| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月25日

シンプル

子供達のシュート練習のキーパーをしてみたら、それが結構おもしろくって、
みんなへたくそなんだけど、それぞれ個性があります。
大抵の子供は、一回、蹴って、入っても入らなくてもそれで終わり。

でも、中には、僕がはじくと、何度でもゴールに入れようと蹴りにくる
子もいます。

そういう子を見るとすかさず、まわりは

「おい、ずるいぞ、一回だよ。」

なんて言い出すのです。

なんというか、現代っ子的というか、、、、。

「ばーかっ。お前ら、ゴールに入るまで何回蹴ったっていいんだよ。
 キーパーがこぼしたら何度でも蹴りにこい。
 こぼさなくったって、こぼすかも知れないだろっ。
 何が起こるか分かんないんだから、、、、。

 
 あきらめたら、試合終了だぞ、、、、。」


と、ちょっと最近キャプテン翼の見過ぎで、うざい親。。。。。


とはいえ、別にサッカーにくわしい訳でもうまい訳でも
なんでもないんですけど、、、。


でも、ケンチクは少しは人よりくわしいから、
ケンチクとサッカーを重ねあわせて、いっつも考えるのです。

394.jpg

最近よく思うのは、
もし、時間制限がなかったら、
サッカーって、めちゃくちゃつまらないスポーツだろうな、

ってコトです。

たぶん、なんの感動もないだろうな、、、、、、。

笛が鳴ったら、もう時間は止まりませんし、ボールも転がり続けます。
計22人の選手がフィールドを走り回り、それぞれが勝利という一つの
目標のためにボールを奪い合います。
その瞬間、瞬間は、必然のようでもあり、偶然のようでもありますが、
めまぐるしく変わる状況の中で、一瞬、一瞬の判断の連続で描かれる
スポーツがサッカーです。

そのすべては、時間が支配しています。

どんなに練習を積み重ねて、戦術を立ててみても、
試合が始まったら、個人の思い通りになる瞬間なんて、
たぶん一瞬もないし、同じ状況は二度とありません。

1秒前の状況と、今は、ゼンゼン違う。
個人スポーツなら、ある程度コントロールできるのかもしれませんが、
22人の集団によって描かれる状況は、めまぐるしく変化します。
その状況、状況によるベストな判断は何か?

一瞬、一瞬で変わる状況。
さっきのパスコースは、1秒後にはもうないのです。
時間だけは淡々とすぎていきます。
だから流れを読み、常に全体を見渡し、その瞬間、瞬間の状況判断を
冷静に、かつ創造的に描く事が重要です。

無難に、無難に。

勝つためには、時にはそれも重要でしょう。

大切な場面だから、何度も練習したプレーを。

みんなでつないだボールだから、それも大切な事です。

でも、それだけでは、たぶんつまんない。
よい職人だね、とは言われるかも知れないけど、
お客さんに感動は与えられません。

だからといって、別におかしなパフォーマンスを
する必要も、たぶんゼンゼンないのです。


その2度とない状況を冷静に、ただ無心に素直に向き合えるか?
そして、その状況を心から楽しむ気持ちがあるか??


たぶん、大切なのはそれだけ。

時間はただ過ぎていきます。


どんな状況であれ、その瞬間にベストをつくす気持ち。
その状況にワクワクする気持ち。


最高にシンプルな思考だけが、
集中力を、最大限に研ぎすまします。

あとは、自分のカンカクを信じる事。




基本的には、サッカーは個人プレーだと思います。


でも、そんな意識をを共有できた時、
究極の個人プレーの連鎖が、
究極のチームプレーとなるんじゃないかな、、、、。



個人個人は全然違うけれど、
だから違えば、違うほど、きっとすばらしい。


そしてたぶん、そこには言葉はいらない。


posted by 西久保毅人 at 08:19| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

残りかす

自転車で現場に行く途中、
抜けていく公園が落ち葉で一杯でした。

僕は四季は、それぞれ好きなところがありますが、

景色は、秋の景色が一番好きかな。

うーん、好きっていうよりも、ハッとする、というのが正確かもしれません。

395.jpg

落ち葉の景色は、なんで素敵なんだろう、、、?
なぜ惹かれるのか、、、、?

だって、落ち葉って、言ってしまえば、死んだ葉っぱ。
生命の残りかすです。

と、そんな事を考えてたら、最近考えていた別の事と、ちょっとつながりました。

それは、

ケンチクと、デジタルの違い。

時代はどんどんデジタル情報化されています。
TVも、DVDも、音楽も、写真も。
僕らの仕事も、もう意識しないくらいデジタルまみれですし、
図面もメールもほとんどがパソコン1台ですんでしまいます。

でも、ウエブデザインとかなら、データでおしまいですが、
僕が実際に設計するケンチクは、たぶん、ケンチクがケンチクである限り、
永遠に超アナログな世界です。

どんなに時代が進んでも、

土建屋さんが泥だらけで穴を掘り、
どろどろのコンクリートを流して基礎を作り、
大工さんが木くずを散らしながら、木を刻み、くぎでとんとん固定し、
ペンキ屋さんが作業着をいろんな色に染めながら刷毛でぬり、、、、

どんなに小さなケンチクでもギロッポンヒルズでも、
どんなにおしゃれに見えても、そんな風にケンチクは作られているし、
100年経ってもきっと変わらないでしょう。

もう、デジタルの デ もありませんね。


で、アナログと、デジタル、というか、

アナログ作業と、デジタル作業の決定的な違い。

それは、「残りかす」が出るか、出ないか、だと思いました。

えんぴつで字を書いたって、えんぴつの粉は出るし、手も汚れます。
消しゴムで消したら、消しくずも出れば、紙もへこみます。

でも、パソコン作業は、かすが一切出ません。
どんな精密な図面を書いても、えんぴつも減らなければ、
消しくずも出ない。

そのかわり、ボタン一つで、すべてが、「無」になってしまいます。

ケンチクなんかはそのま逆の究極で、
一つの建物をつくるために、ものすごい量の残りかすが出ます。

それは、ケンチクの抜け殻のようなもの、、、、?


まぁ、とにかく、モノを作るってことは、
必ず残りかすが出るっていうコトで、それが大きければ大きいほど
かすもデカい。

それが、ケンチクです。

じゃあ、最近流行のなんでもかんでもエコ的には、
そもそもケンチクはダメじゃん、つくんない方がいいじゃん、
みたいな事にそのうちなりそうですが、絶対そうではないはずです。


そんな事を最近考えつつ、工事中のBM荻窪の現場
前にも書きましたが、職人さん達の超アナログな手作業で、
曲面のコンクリートの壁を作って頂いているんですが、
そもそも、曲面を作る訳だから、型枠やら、桟木やら、すべてが曲面。

コンクリートが固まったら、それらは役目を終える訳なので、
言わば建物のホントの抜け殻。

それが、現場に転がっています。

396.jpg

なんか、捨てちゃうのもったいない、、、、、、

と思って、持てるヤツを事務所にもって帰ってきました。
こんな、曲面の合板なんて、家具で特注で頼んだら、いくらする事か、、、

という位しっかりとした型枠が、今回の工事の残りかす。


ひっくり返すと、実は、座椅子にちょうどいいしなり具合。

397.jpg

まだいっぱいあるから、終わったらいくらでも切ってあげるよ。
どうせ、捨てちゃんだからさ、、。

というお言葉に甘えて、今度いっぱいもらってこようと思います。


もし、四角い建物だったら、こんな残りかすは出なかっただろうし、
持って帰ろうとも思わなかったかも知れません。


そう考えると、待てよ、、、、。


一見、曲面の建物なんて、ただメンドクサイだけのようだけど、
実は、その残りかすまで魅力的だというコトは、
メンドクサイ建物の方が、残りかすも、再利用できやすいってことか、、?


よく見ると、この型枠も、「落ち葉」に見えなくもない、、、、、。



それは、単純に見る視点の違い。
別の現場でも、お施主さんちに行くたびに、
子供達が現場で拾って集めた木の残りかすが、家に増えています。

いろんなかたちや、いろんな種類の木の破片。

きっと子供達にとっては、積み木に見えたり、
動物に見えたり、お店では売っていない宝物に見えるのでしょう。

木の破片を拾って大切にしてくれていたり、
工作に使ってくれていたりすると、とてもうれしくなるし、
ハッとさせられます。



究極のアナログも、捨てたもんじゃないよ、と日々思うのです。

そういう訳で、ウチの子供達は3人とも秋生まれ。
完全に、無計画のたまたまですが、、、、。

























posted by 西久保毅人 at 02:05| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

はじまりの時、終わりの時

いくつかの家が完成しようとしています。

同時に、いくつかの家の設計がはじまろうとしていたり、
工事が始まろうとしています。


工事も終盤になり、だんだんお引き渡しが近づく現場にいると、
いろんな事を考えるのですが、
いつも自分の定規にしているのは、

ご家族や敷地に、はじめて出会った時の感動と、
それぞれに頂いた家への思いや、その時かかげたテーマです。

398.yoshiharatei.jpg

もちろん、出会いやきっかけはそれぞれ違うにしても、
毎回、違う感動がありますし、
託していただく家に対する思いも様々です。


はじめてお話した時の事。
はじめて敷地を訪れたときの事。
そして、何より、世の中にあふれんばかりにある設計事務所の中で、
僕を選んで頂いたときの事。


403nakazawatei.jpg

たいてい思い出すのは、その設計の始まりの事ばかりで、
それは、感動、という安っぽい言葉が何よりよく似合う僕の感情です。



402siroyanagi.jpg


建築は、シンプルな様で、とても複雑な情報処理の側面があります。
ご要望を実現しつつ、法規制をクリアしつつ、
適切な構造設計をしつつ、コスト調整をしつつ、、、、、。

設計や工事が進めば、進むほど、細かな情報処理が、業務のほとんどを
しめてきます。


逆にいえば、それだけの能力をこなすだけで、
建築はできてしまうものなのです。


むしろ、それ以外の事は、邪魔なのかも知れませんし、
ムダなのかもしれません。

401syukuzawatei.jpg

でも、僕は、
その、それ以外の事が、一番大切だと考えています。

むしろ、できればそれだけに忠実にいたい、と考えていますし、
それが、僕を選んで頂いた事に対しての、唯一僕が守るべき事だと
考えています。


約1年前後のおつきあいの中の、ほんの最初の方。
時間にしたら、ほんの一瞬かも知れない出会いの中での
気づきとカンサツ。

どんな状況でも、それをブラさずに、すべての情報処理を
そこに向かわせる事。


だから、できつつある現場では、
それに今でもきちんと向き合えているか?
その感動が、きちんと空間として実現されているか?
余計な知識や経験が、その妨げになってやしないか?
という事を、考えます。

400.moritatei.jpg

時には、最初とゼンゼン違うすがたかたちになることだって、
もちろんあります。
たかだか僕のの考えなんて、しょせんそんなもの。

でも、根っこさえ変わらなければ、すがたかたちは、実はそんなに
重要でもないのです。

一度描いた事さえ、ゼロにしてしまったっていい。


その感動が根っこでさえあれば、むしろかたちにはしばられたくない。



とにかく、できるだけ、そのまんまに受け止めたい。

そのための自分は、いつも、

「真っ白に、真っ白に」


そう、いつも思うのです。
posted by 西久保毅人 at 01:11| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月04日

完了検査

検査というのはいつもドキドキです。

特に悪い事はしていないつもりでも、見に来る人によっても
指摘事項が違うし、こちらもうっかりと忘れてしまっている
事もあります。

現場にとっても、お引き渡し前のひとつピリッとした空気が
流れる瞬間。

一つの節目のような時間。

そんな訳で、この一月ほどの間に、3つの完了検査を受けた訳ですが、
今日は、3つめの白柳さんの家の完了検査でした。

前の晩遅くまで、職人さん達に、清掃やら準備をしていただいて、
いざ検査。


どんな事を言われるだろうと、こっちは、こっちで、
待ち時間の間に、いろいろシュミレーションをしていたのですが、、、


一通り、法的なチェックをして頂いた後、

「いやー、いい建物ですね。
 こんなの久しぶりに見ましたよ。」


「 、、、、、、、?」


404.siroyanagi.jpg


もちろん、適法であるのが前提の感想ですけど、
検査員の方も、やはり人間。

いいものは、いいって、伝わるんだなぁ、、、、、。

いつもなら、そんなに褒められたら、


「でしょ、でしょ、でしょ。でしょっ。やっぱ、見る目あるねーっ。」


と、言いたい気持ちを、検査なので、皆でぐっと押さえて、
ちょっとした指摘事項を黙ってメモしておりました。


そんな訳で、無事合格。


でも、最近、というか、今年僕が一番勉強した事は、
検査に限らず、人に、何かを伝えたり、見て頂く時の準備かな。

自分もそうだけど、同じものを見せるにしても、
キレイに掃除されているか、ゴミが散らかっているかで、見る人の
印象はゼンゼン違います。

僕らは毎日見ている見慣れた姿でも、はじめて来る人にとっては、
それが最初であり、もう来なかったら、それが最後。

検査であれ、審査であれ、オープンハウスであれ、日々の現場であれ、
基本は、

「見て頂く」「わざわざ見に来て頂く」

という気持ちを持つ事。

それに対して、

「礼をつくす」

気持ちを持つ事。


それを尽くして、はじめて相手と対等な土俵に登れるような気がします。


職人さん達には、いつも以上に気を使わせてしまいましたが、
なんか、だからこそ、
今日の検査員の方の感想は、うれしかったな、、、。


法律守るために設計してるんじゃなくて、

「いいじゃん、がばいよかねー。」

って、思ってもらうために、設計してるんだから、、、。























posted by 西久保毅人 at 23:39| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月09日

カラオケ

たいがい、3歳くらいの子どもが、

「どれっくらいのっ」

と歌えば、その後は、

「おべんと ばっこにっ」

って、続くのが、健全な発育だと思うんですが、
ウチのソラの場合、

「ねうちが あーむだよー ぼくが いまいきてる このせかーい」

と、ミスチルのHANABIです。

ソラにとって、この曲は、ヘリコプターの歌として一番のお気に入りです。
つまり、はたらく車と同じ価値の歌、、、。

405.jpg

それと、最近は、

「あいびりーーーー。」

と。

僕はテレビ見ないんで分かんないんですが、これはどうやら
中島みかのオリオンらしい。

アイビリーブ、、、、。なぜ??


さて、こないだ、久しぶりに子供達と公園行った帰り道、

「もういっかいもーいっかーい。」

と、またHANABIを歌いながら、

「ね、からおけいって、もーいっかい、歌オッか?」

と、ソラ。

家に帰ってからも、ドライバーをマイクに、道ばたで

「もーいっかい、もーいっかーい。」

どうも、今日は、どうしても、カラオケの気分らしい、、、、、。

まぁ、僕も最近、めったに家にいないんで、
子供3人連れて、4人で昼カラへ行きました。

といっても、しょっちゅう行く訳ではなく、子供連れていくのは、
1年ぶりくらいではないかな?
どうせ行っても、ノノとか、

「あたしは、歌わないよ、ぜったい。」

と、恥ずかしがるからあんまり面白くなかったんですが、
今回は、ちょっと違いました。

ソラも、はじめてHANABIとあいびりーをフルコーラスで歌えて満足なようだったし、
ノノもリンタロウも、ここ1年くらいの知ってる曲を次々入れちゃあ、
大声で大合唱。

マイクは2本しかないので、

「リンタロウはさぁ、パパと同じで声デカいから、マイクなしね。」

とノノに仕切られますが、リンタロウはリンタロウで、とにかく歌えれば
いい様で、全曲、大声で歌っておりました。

さすが、小学生にもなると、カラオケくらい読めちゃうんだね、、、、、。

嵐に、羞恥心、アラジンに中島美香に、ミスチル、、、、

と、会社の忘年会みたいなカラオケでしたが、
結構、一緒に楽しめる年頃になったんだなぁ、、、。

いつも、恥ずかしがって、人前では歌わないノノも、
なんだか、その気になってマイクで歌ってるのも、いい感じ。



たまには、いいもんです。



さすがに、ソラは、1時間もいると、オトナの歌には飽きたようで、


「やっぱさぁ、、、はたらく車にしてっ。パトカーでるやつ、、、。」


と、最後に、健全な3歳にもどっていましたが、、、。




























posted by 西久保毅人 at 03:48| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

18年

来年で、僕も36歳。
いよいよ、トウキョウ生活18年となります。

つまり、佐賀で過ごした18年間と同じになり、アトは佐賀に帰らない限り
トウキョウでの時間が積み重なっていく訳です。

そんな訳で、佐賀人としては、
複雑な今日この頃だし、僕にとっては、節目の年です。

406.senntaku.jpg

そんな僕を知ってか知らずか、電話がかかって来ました。

佐賀新聞から。。。。。

紙面にトウキョウでブラブラしている佐賀人を紹介する企画コーナーが
あるらしく、そこで、僕のブラブラぶりを紹介したいとの事。


えー、いいんですか、僕なんかで、、、。
ブラブラしてるとはいっても、ブラブラっぷりは、まだ中途半端なのです。


実は、そのコーナー前から知ってました。
僕が大好きで、尊敬する高校の大先輩のフォトグラファー
大串祥子先輩が、春頃、

「あたし、載るよ。サガシンブン、、、、、まあね、、、、。」

と、教えてくれたからです。

大串さんていったら、才色兼備の、我が佐賀西高の伝説のマドンナであり、
その変態っぷりといったら、他の追従をゆるさず、
ブラブラっぷりといったら、世界中美少年を追いかけカメラ片手に飛び回り、
北京オリンピックの公式フォトグラファーにまでなった人。

そりゃ、あんたはなんでも載るよ、、、、、。


まぁ、大串さんに限らず、バックナンバーを見てみると、
載るなりの立派な活躍をされている方々ばかりです。

光栄な反面、正直、何かの間違えなのでは???
という気持ちは、取材を受けた今でも思っています。

ドッキリかな、、、、、。


そのくらい、なんかちょっと神聖な場所にのせて頂くような気分で、
いまだにちょっと実感湧いていません。


トウキョウに来て、18年。
その時間がたてば経つほどに、トウキョウにいる意味、というのを
考える時間が実は増えています。

それは、トウキョウがイヤだ、という事ではなくて、
佐賀に帰りたい、という事でもありません。
正直、商売を始めた以上、もう佐賀に住む事はないんだろうな、
というハラは決めているつもりです。

だからこそ、僕にとっては、
トウキョウにいる意味が必要なのかも知れません。


、、、、と、何でもこんな風にグジャグジャと考えるタイプの僕には
以外と設計って向いてるのかもなぁ、とふと思います。


設計の仕事もなんか似ているような気がするのです。

その場所に住まう意味。
ここに住む意味。

設計は、そこに住む意味をかたちにしていく事です。
どんな場所、条件においても、
すべてをプラスに変えるようなかたちを見つける事。


意味がかたちをつくるのか?
かたちから意味がうまれるのか?


たぶん、両方だと思うんですが、そんな風に思ってやってきた事が、
少しでも佐賀のワカモノのお役に立てるのであれば、それはそれで
こそばゆくも、光栄な事です。

残念ながら、佐賀新聞は、トウキョウでは売ってませんけど、、、、。

posted by 西久保毅人 at 01:48| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月11日

吉原さんの家

今週末に、吉原さんの家のオープンハウスを開催します。


407.jpg

案内の文面に書きましたが、
モロッコの家みたいなコートハウス。

それが、最初の吉原さんのイメージでした。
表面的なモロッコ風、っていうよりも
なんか、もっと気合いが入った感じ。

なので、僕も気合いを入れて、

モロッコとは何ぞや?
コートハウスとは何ぞや?

というのを、あれこれ考えてみました。

モロッコは行った事はないけれど、その街並や集落は、
すまいの原型として何となくイメージできます。
学生の頃から、僕もアジアや中近東、アフリカの集落の初原的な
形式はやっぱり興味があって、いくつかは実際に訪れてみました。

場所や気候風土は違うけれど、なんだか初原的なすまいの根っこを
それらからは感じます。便利さや豊かさと引き換えに、
日本の新しい住宅や街並が完全に失ってしまった、
何か空気のようなもの。

根本的にそれらの集落や住居形式がが作り出している世界は、
何なのだろうと考える事は、国はちがっても、
今の日本の住環境が失ったものは何だろうと、考える事と
同じだと思います。

どっちにしても、家だし、、、、。

現代建築で都市型コートハウスとして、一番明確な解答は、きっと
住吉の長屋でしょう。コートハウスの形式を純化していけば
していくほど、あのプランに建物は近づいていきます。
仕上げやプロポーションや室名が違うくらい。

純化されすぎているだけに、国境すら超えていき、きっと
モロッコの集落のコートハウスも、要素をそぎ落としていけば、
住吉の長屋になっちゃうんじゃないかな。

なっちゃう、っていうのは、マネするとか、参考にする、とか以前の
根本の形式そのものだ、という事。

そのものである、という事以上の強さや正しさはないと思うけれど、
その、「そのものだ」っていうコトが、僕にはどうも堅っくるしい。

そのものだ、って事は、もうそれ以上にも、それ以下にもなり様がないんだから。


で、それは、吉原さんの言葉から感じた事とは、なんか違う、って
思いましたし、今回僕が見つけたい、前述した集落が持っている
「すまいの根っこ」とも何かが違う気がしました。




、、、、、、と、まぁ、そんなにグダグダ考えてくれとは、
ひと言も言われた覚えはないんですが、そんな事を思いつつ、
計画させて頂いた住宅です。


結果的に、コートハウスのコの字もない住宅が出来上がりましたが、
別にこれはイジワルではなくって、
吉原さんのイメージを自分なりに拡大解釈した結果であり、
そんなに外した気もさらさらなく、
吉原さんの「まさにイメージ通りです」、っていう声が聞こえた
気になっている今日この頃であります。

とても楽しい家なので、ぜひ見に来て頂ければ光栄です。




posted by 西久保毅人 at 02:30| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月16日

吉原さんの家オープンハウス

先週末に吉原さんの家のオープンハウスを行いました。

今回、初めてやったコト。

2日間行わせて頂いた事。
ポーターズペイントさんと共同で行った事。
ちょっと家具をレイアウトしてみた事。


409..jpg


せっかくなので、いろいろチャレンジしてみました。
おかげで、たくさんの初めての方にもご来場いただいたり、
これまで設計させて頂いた、歴代のニコの家に住むご家族や
設計中のご家族、いつも御世話になっている方々にもご来場いただき、
いろんなお言葉を頂きました。

411.jpg


前に書いたんですが、
今年の僕の一番の勉強は、

「人に見ていただく」

と、いうコトに感謝の気持ちを大切にする、という事。


それが、全てなんじゃないかな、と最近思います。


414.jpg


それは、役所の検査でも、オープンハウスでも、

たとえば、お客様に、見せるずめんもスケッチも

415.jpg


全部、同じコト。


413.jpg

ようは、ちゃんと伝えたい、ってコト。
そして、僕には、伝える義務があるってコト。

412.jpg

ナニをかって?

それは例えば、
こんな建物をつくっちゃう僕らの信頼する工務店はすげーだろ、ってコトや
それを、作れる職人さん達、すげーだろ、ってコト。

こんな建物の図面書いちゃうスタッフ、すげーだろってコト。

そして、最終形はできないと分かんないのに、
信頼して任せてくれた吉原さんへの感謝と、
初めて出会った時の言葉や表情。

ポーターズペイントの的場さんや伊藤さんとの出会い。


僕は一人では何にも出来ないけど、
どんなパスにも全力で走ってくれる最高の仲間。

仮にそのボールに届くかどうかは分かんないとしても、だ。


それは、まさにサッカーだ。



408.jpg

こんだけそろったら、

僕は、カリン棟だって登れちゃうし、

空だって、飛べちゃう気がするよ。



410.jpg



「あきらめたら試合終了ですよ。」


だから、僕は絶対にあきらめない。

感動があればなんだってできるのだ。

だって、感動は、法律にも経済にも、流行にも、時代にも、、、、、
子供も、大人も、国籍すらも超えていく、

何にもしばられない、人類の最高の武器なのだから、、、。





posted by 西久保毅人 at 13:59| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月18日

35の昼

塞ぎたくないよね、、、。

もったいないよね、、、、。


416.jpg


BM荻窪現場にて、監督の山縣さんと話しました。

割と僕らはそんなコト、いつも考えるんだけど、
それを、現場監督さんと共有できるのって、実はスゴいコト。


どうしたら、もっとカッコいいコンクリートが打てるかなぁ、、?
どうしたら、壁に雨だれがつかないかなぁ、、?

職人さんも、知恵をしぼります。


糖分たっぷりの缶コーヒーを飲みながら、
この人達となら、いつか誰も見た事のないかたちを作れちゃうかも、、、
などと思えちゃう、至福の時間。


リクツも、経済も、立場も、今日の天気も関係なく、
ただ、目の前のものを

「いいよねっ」

って共有できた瞬間。

そんな小さな気づきとカンサツを忘れないで、
しかもゼンゼン違う立場の人と同時に共有できていく
瞬間があればあるほど、世界はどんどん広がっていく気がします。


もう、100円玉では買えないけれど、
現場で熱い缶コーヒーを握りしめたら、
35だって、
自由になれた気がするのだ。

現場の結末は、分からないけど、、、。


、、、、と、そんな35の昼でした。


ちゃんと、買ったバイクを置くマンションですよ。。。。。



posted by 西久保毅人 at 02:43| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

白柳さんの家オープンハウス

明日の12/23(火)に、白柳さんの家のオープンハウスをします。

420.siro.jpg

新築なのですが、生まれ育ったご実家の隣りなので、気分は増築のよ
うな計画です。

設計は、この場所を訪れた時の感動からスタートしました。
古いものは価値がないように思われつつあるこの時代。

そこには、古い建物を大切に、大切に住みついでいらっしゃる素敵な
風景がありました。最初の瓦屋根の建物を浸食していくように、
建て増しを繰り返してできた風景。
数十年の時間の蓄積のようなたたずまいです。


なんだか、パスを頂いたような気分がしました。

419.siro.jpg

時の流れの中で、それぞれの時代の設計者や大工さんがつないで来たボール。

そのボールが、僕にまわってきました。

そのパスの意図を一生懸命読み取ると同時に、
きっとまた何十年後か、
僕が出した僕が放ったボールの意図をだれかがついでくれるかも知れない。

だから、一生懸命パスコースを探しました。

417.siro.jpg

都心では、悲しいくらい、大きなシキチが切り売りされています。
たいていその理由は、固定資産税も高いし、引き継ぐ人もいないし、、、。
という事をよく聞きます。

ようするに、記憶や歴史の蓄積と、お金の等価交換。
しかたない理由もたくさんあると思いますが、
設計者としての僕が思うのは、

「パスが悪かったんじゃないか?」

という事。

パスの仕方によっては、頑張って引き継ごうっていう、
家や場所に対するお金に換えられない「愛情」を産む事ができるのではないだろうか?

少なくとも、白紙にもどさない方法も取れるのではないか?

そんな事を最近よく考えます。

それは、耐震性とかの物理的な事とは関係ない
建物がホントの意味で「もつ」って、なんだろう?っていう事。

この計画は、
そんな事を考えさせて頂いた時間でした。

たくさんお話を聞いたけれど、
もちろん白柳さんのご要望もたくさん聞いたけれど、
僕は、音楽室のおばあちゃんの大好きな椅子の置かれた場所から、
設計をスタートしました。


そこからうまれた、すがた、かたち。

418.siro.jpg


、、、、ねぇ、ねぇ、おばあちゃんの大好きな場所、知ってる?


音楽室の椅子なんだって。


そこからの眺めが一番だって、おばあちゃんが言ってたよ。
だからね、お客さんにも、そこには座らせないんだってさ。

そこからはね、お庭が一番良く見えるし、昔は森がみえたんだって。
今はマンションだけどね、、、。

それでもね、その場所が、やっぱり一番なんだって。

しかもね、、、なんと、パパはお庭の池で、泳げるようになったらしいよ。
、、、、秘密だけど、、、。



だからさ、今度、こっそり座ってみようよ。おばあちゃんの椅子に。



、、、、子供達に、パパとママの素敵なキオクを引継いでいけるように。




posted by 西久保毅人 at 07:59| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月26日

サンタ

子供が3人いると。サンタもそれなりに大変です。

10年前までは、女の子へのプレゼント探しに、
毎年、街を走り回っていた僕は、

今では、毎年、子供達のプレゼント探しに、街を走り回ります。

付き合う女の子は、たいてい一人だったので、
使う頭も、シンプルで良かったけれど、

3人それぞれ思い浮かべながらのプレゼント探しは、
ちょっと目がまわります。


ソラは、最近歌ばかり歌っているので、
どうか、将来、ミスチルになってくれるように、
プレゼントは、マイクと決めていました。

リンタロウには、大きな、大きなシャボン玉が作れるような、
そんな大きな輪っか。

ノノは、どうやら学校では笛がうまいようなので、
ちょっと怪しい音が出そうな、外国のたて笛。


今年は、忙しくて、当日までクリスマスである事をすっかり
忘れていたので、約1時間、街を走り回り、目が回りそうになりながら、
そんなプレゼントをギリギリで準備しました。


今や、ネット時代。

たくさんの情報があふれていて、オトナもコドモも、
知ろうと思いさえすれば、同じ情報が、何でも手に入ります。

ウェブ進化論など読むと、
知を再編集するのだとか、すべてが、ウェブ上で淘汰されていくのだとか、
あれやこれやと書いてあるし、ある意味では正しいのだろうけれど、
僕は、正直、ネットの情報っていうものを、ゼンゼン信用していない。

なぜかと、いうと、それはあくまで、「情報」でしかないからで、
「正しい」事が、必ずしも幸せであるとは、思わないからです。


サンタが、本当にいるか?

そんな事、ネットで5分もかければ、たぶん答えは分かります。


たぶん、親がコドモに最初につく「うそ」。

そして、コドモが最初に接する「うそ」。


なんで、人間は、「うそ」を発明したのでしょうか??



、、、、クリスマスイブの夜、うちの子供達は、
3人で、サンタさんにお菓子を用意していました。

わざわざ、遠くから来てもらって、プレゼントをもらうだけじゃ
悪いと思ったからかな?

小さなカゴに、お菓子を入れて、手紙を書いていました。

ソラも、

「パパ、これサンタさんにあげるから、食べちゃダメダヨ、、、、。」



サンタさんへ

つまらないものですが、どうぞなかみは、おいしので、
もってってください。
おげんきで、ながいきしてください。りんたろうより。



421.RINNTARO.jpg


、、、、まぁ、夜中に食べる大量のチョコレートは、
ちょっと、胃がもたれましたが、
たぶん、そこには、ネットでは絶対にえられない、

一生忘れられない「ぬくもり」がありました。


たぶん、それだけが真実。
posted by 西久保毅人 at 01:40| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月28日

ケンチクに恋して

火曜日の祝日に、「白柳さんの家」のオープンハウスを行いました。

422.jpg

年末の押し迫った時期にも関わらず、
たくさんの方に見て頂き、
おまけに、天気にも恵まれ、今年の良い締めくくりとなりました。

424.jpg

なんだか、不景気や、世界同時不況のこの時期。
暗ーい、ムードの世の中ですが、
年末の2つのオープンハウスは、とてもカラフルな家。

423.jpg

鮮やかな色や模様は、見ているだけで、
ハッピーな気分になります。


427.jpg

2つとも、職人さんの手間は、ものすごくかかっていて、
大工さんはじめ、献身的な職人さん達の力を借りなくては
実現できないものばかり。
設計者としても、ついつい、見とれてしまうような施工。

428.jpg

でも、大切なのは、その技術というのは、最新式とか、最先端とか、
何ギガとか、そういう世界とは一番遠い、超アナログな昔ながらの手作業
だというコト。
道具は多少変わっても,それは、何百年も前から変わらぬ技術です。

そして、一番大切なのは、いい家をつくろう、っていう、
皆の情熱や小さな小さな気遣い。

楽しむ気持ち。時間を忘れちゃうくらい夢中になる事。

426.jpg

それだけあれば、小さな子供達だって、参加できちゃう。


それが、ケンチクです。


いつも淡々と、でも熱い男気の職人技と、
ドシロウトの情熱。

いろんなレベルの「手の跡」が同時に存在する世界。


425.jpg

どっちか、じゃなくてどっちも一緒だから、素晴らしい。

設計がいいとか、そんなレベルじゃなくて、
住み手に愛され続ける家をつくっていきたい。


そのために、どうしたら良いか?


ありがたい事に、ケンチクは、
ウザイとか、重いとか、しつこいとか、、、、
そんな事は一切言わずに、
どんなに好きになっても、いつもだまーって聞いてくれます。



まだまだ、両思いには、時間がかかるけど、

僕には最高の、恋愛対象なのです。




posted by 西久保毅人 at 01:36| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする