2007年07月01日

建ち並ぶ街並みのなかで。

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遅ればせながら、小林さんの家の点検に行ってきました。

この敷地は、新興住宅地だったため、すべてが新築の街です。
完成後1年以上過ぎた、建ち並ぶ住宅の中で、小林さんの家だけが、空気が違います。

もちろん、設計がいいんですけど、、、、、

それはさておき、それ以上に、圧倒的な違いは、土の残り方です。

86.KOBA.jpg

なぜか、新しい住宅を建てる人は、敷地をすべて、コンクリートで被いたがります。
ハウスメーカや建て売りも当たり前のように、覆います。

草が生えるから?
猫がうんこするから?
水溜まりができるから?


まあ、理由はいろいろあるんでしょうけど、それで失うものの多さをいつも僕は考えます。

小林さんの家は、別にまわりより極端に小さく作った訳ではありません。
ただ、建物をつくる事で発生する「空地」、つまり、土の残し方を一生懸命考えた住宅です。

「それに、何の意味があるんだよ。汚れるだけじゃん、、、。せっかく、シンチクの家をツクルノニ、、、、。」



実は、僕も、まだうまく説明できません。


ただ、たくさんの住宅を設計させて頂き、現場に立ち会い、完成を見届けるたんびに、この思いは強くなるばかりです。

ホント、うまく説明できないんです。

でも、ただ、

「今度ぜひ、うちの子供達を連れてきたいな。」

と心から思えるという事。

「こんど、枕木でも引こうかと思うんですよ。草むしりは大変なんですけどね。ハハハ。」
と苦笑いの小林さん御夫婦の笑顔がすてきだった事。


たぶん、それだけなのかも知れません。


ただ、ケンチクは、そんなにエラくなくていいのだ、といつも思うのです。


恐竜の骨のような天井の、小林さんちに久々に訪れ、そんな事を思うのでした。


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posted by 西久保毅人 at 13:06| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月06日

お庭と子どもの育て方

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密林のジャングルではありません。
西久保家(旧ニコ設計室)の庭です。

しばらく見てなかったら、こんなになっちゃってました。

ううーん、いい具合。

ちょうど、去年の年末、遠藤君と僕の二人で、庭にデッキを作りました。

コンセプトは、


「どこまでも続いて行くデッキ」



92.niwa.jpg



まあ、つくった時は、冬だったし、ほとんど家にいないし、で、思い出したようにしか、
使用しないんですが、久々に空けてみたら、よく育ってました。
デッキ材も程よくボロくなり、生え放題の草に埋まって、先がよく見えません。

あったはずの地面は、ドクダミの海の下。ほぼ見えませんね。

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ソラちゃんは、家のうらにジャングルがある、とでも思ってるのでしょうか??


まあ、庭にしても、子供にしても、めんどくさがりの我が家は、あんまり手をかけてません。でも、気がつくとけっこういい感じに育つものです。


子供をもつ事、土の庭をもつ事。

たぶん、同じ気がしてます。


一言でいえば、「めんどくさい。」


でも、僕らが必要以上に頑張らなくっても、
彼らは、どんどん育って行くし、
僕にたくさんのエネルギーをくれるのです。



そのかわり、まあ、こんな珍獣のような感じになっちゃいますけど・・・・・。
ほっとくと、ですが。

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posted by 西久保毅人 at 22:16| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月11日

やねのしごと

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あるお寺の参道に、屋根をつくる仕事をいただきました。

葬儀の時や、お墓参りの時、皆が必ずとおる場所。集う場所。
故人とのお別れの場所。再会の場所。

ただの屋根ではあるんだけれど、それは必ず「場」を作ります。


ちょっと申し訳ないんだけれど、なんか、そこには「ケンチク」は似合わない気がしました。なんというか、何か作るより、大きな大きな幹の大木が一本あるといいな、と思いました。
移ろうその木漏れ日の下に、参拝の人々が集まり、ひと時を過ごす。

木がいいじゃん。よし決まり。

と、上のようなCGを作ったんですが、なんで屋根を作るかって言うと、雨の日に参拝や搬入の時に人々が濡れないように、なのです。


がーん。。。。。


まあ、それは最初から知ってたんです。聞いてました。もちろん。

でも、、、、、。



と、まあそんな衝動から、あれでもない、これでもないと屋根だけ一生懸命考えています。まだ結論にはいたってませんが、こういうお仕事は、実は結構勉強になるんです。


僕が日頃設計させて頂いている都市住宅では、斜線制限や、隣地との離れなど、外からの縛りがとっても多くて、どうしても屋根は、その副産物になりがちです。
条件をクリアーした内部空間があって、それを雨風から守るもの。

どっちかっていうと、壁が先にあって、それを塞ぐもの。

だから、屋根って結構軽く見られがち・・・・。

でも、特に日本やアジアの建築の歴史って、どっちかっていうと、屋根のデザインの歴史のような気がしますし、むしろ壁なんてあってもなくても、壁でも建具でもよい、くらいのものだったのでは?ってふと考えます。


そんな事をモンモンと考えていたら、前職の象設計集団が今から25年も前の1981年に設計した名護市庁舎を思い出しました。

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上からの写真で見るとこれも屋根の建築だったんですね。
でも、その時の象が描いた屋根って、きっと内部をおおう屋根という現代的な意味合いの屋根ではないと思います。

屋根の下が、外か中かなんて、そんな事はどうでもいい。
どこからが外か、どこからが中かなんて事よりも、
木の下やパーゴラのの木陰に、人が集まるように、その場と風土に似合う「場所」をつくるという事。
雨の落ちる場所、明るい場所、暗い場所、ツタのからまる場所。

そんないろんな場所をつくる事が「ケンチク」なのだ、という事。

そんな初原的な事をこのケンチクからは、感じました。

まあ、そんな思いだけで作っちゃった建物が「役所」ってところが、一番感動なんですけど。

実際に訪れてみた時も、ホント、もはや「どこからが中ですか?」って考える自分がバカバカしくなるような素敵な空間でした。


さてさてかたや、小さな小さな「やねのしごと」
そんな初原的な事を考えながら進めていきたいと考えています。


やねとはなんぞや・・・・?





posted by 西久保毅人 at 00:30| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月14日

つうがく

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ひさびさにノノと一緒に通学。
不審者のように、カメラを片手の男が一人。。。。。


まあ、どの子もだんだんしっかりしてきて、今では大人のような口ぶりのノノではあるけれど、中身は実はそうでもないのです。
他の子もみんなそうだけど、表面で見せるそぶりほど、中身は育っていないもの。


そりゃそうだ、まだ小学生なんだから。。。。


そう、それは先日の授業参観の事。
子供達がひとりずつ、「スイミー」の感想を発表する、という分かりやすいシーンがありました。みんな恥ずかしがりながらも、それぞれに発表をして、いよいよノノの番。

こんな状況では、バカ親でなくても、多少は何か期待します。。。。。

さあ、なんて言うかな? 気のきいたコメントでもして、「まあ、西久保さんのところのノノちゃんお出来になるわねーっ」て、少しは期待しますよね・・・・・。よね?。

・・・・・・

ノノは突然、うつぶせて泣き出してしまいました。

・・・・・・

親が二人とも来ている事や、なぜかリンタロウまで来ていることや、なぜか今日に限って佐賀からおばあちゃんまで来ている事や、(来すぎだよ、、、、うち。)よくわかりませんが、いろんな妄想が膨らみ、爆発しちゃったんだろうね。。。。


人が来すぎだよね、、、、、うち。


教室にはざわめき・・・・・。

でも、ノノがそうなった事よりも、僕がびっくりした事。

それは、実は、僕こそが、そんな子供だったのです。
だから、そんなシーンを目の当たりにして、まるで自分を見ているようでした。
デジャブ現象か??
いくら自分の子供だからって、そこまで似るかなー、ってくらい、僕はそんな子供でした。正直いうと、もっとひどかったです。内向的で・・・・・。

今の僕を知ってる人は、絶対信じてもらえないんですが、小学校5年生くらいまでは、人前で何かをするって事が、とにかくできませんでした。だから、授業でもなんでも、当てられないよう、選ばれないよう、ビクビクして過ごしてました。

だから、ノノなんて、まだ、その頃の僕に比べたら、かなりましな方なんですが、親としてショックっていうより、「遺伝子ってすごいなーっ。」とアホみたいに感心してしまったのです。

そこまで、似るもんかね・・・・・?
すごいね、遺伝子って。ちょっと甘く見てたよ正直・・・。
そりゃ、自分が出来なかった事ができる訳ないよなぁ・・・・。



という訳で、見た目は一番、ハラさん似のノノですが、中身は、まるっきり、ダメダメ男時代の僕の生き写しだったのです。


ノノさん、すみませんでした。僕似で・・・・。


ちなみに、下の二匹は、知らない人にまで大声で「おはよー」という典型的なハラ似ですが・・・。


みなさんも、遺伝子には気をつけましよう。


posted by 西久保毅人 at 00:18| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月17日

うみ合宿

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毎年この時期になると、海合宿に行きます。
メンツは、ノノの保育園時代の友達家族7〜8家族。
今年は、ほぼ、台風と正面衝突なのが分かっているにもかかわらず、キャンセルする家族が一組もないのが、エラいところ。

「モロ台風だけど、、、、、、、、行くよね?とりあえず。」って感じ。

結果は、ほぼ、飲み合宿でした。


かれこれ、8年来の仲間です。
大人になって、こんな仲間ができるなんて思わなかったな−。

みんな共働きで、それぞれの子供がまだ赤ちゃんの頃からの付き合い。
ほぼみんな0歳から保育園。

年齢も、職業も、全然バラバラ。

最年少の僕が34歳で、上は、40代後半。
職業もしがない建築家から、共産党の党員まで、バリエーション豊富。
途中、ダンナが女つくって離婚調停もなんのその。
途中、子供も増えて、下は、1歳から上は6年生まで総勢10数人

もう、なんか、友達、っていうより、ほぼシンセキのような不思議な関係。

他人の子供でも平気で叱るし、、、、、。

うちなんかはひどいもので、腹が減ったら、家族5人で「ピンポーン、ご飯食べさせてーっ。」と平気で言える人達。

しかも、ちゃんと食べさせてくれる人達。。。。


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親もみんな8年分歳もとったし、子供達も8年分大きくなって、今では小学生。
学校はみんな一緒って訳でもない。

しかし、子供達も、なんかそういうのは感じているのかな?

血はつながっていないけれど、なんか特別な関係。

隣りでおむつを替えてた関係。
うまれて初めて出会った友達。

まあ、子供達はまだオスもメスもないような感じだけど、これから思春期になったりすると、いつまでもこんな風ではないんだろうとは思うんですけどね。
まあ、しかし親同士はもう思春期こないだろうから、この関係はなくならないだろなー、となんとなく思います。

ほぼ、一緒に酒飲んでるだけなんですけどね・・・・・。


という訳で、我が家は、
家賃の高い、身分不相応な荻窪からなかなか出られない訳なのでした。


たまたま住んじゃった、という理由で。。。。。、

困った困った。


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posted by 西久保毅人 at 23:34| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

雑木林

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雑木林、って書きたくて変換したら、


「ゾウキリン」


って、出てきました。


ゾウとキリンです。


これはすごい。大発見。
たぶん、まだ、誰も知らないんじゃないかな??


忘れては困るので、自分で撮った昔の動物園写真を見てみたら、キリンのいい写真がありました。
ゾウはイマイチ。


しかし、昔々、象設計集団から独立した人たちは、いろんな動物の名前をのれん分けみたいにつけていたみたいですが、キリンって、つけた人いないんじゃないかな??

なんでだろう・・・・?

と、思って今はなき、建築文化1993年10月号の象の特集「あいまいもこ」を久しぶりに見てみたら、
ありました。麒麟。

失礼しました。


それにしても、どなたなんでしょうか・・・・・?キリンさん・・・・。

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posted by 西久保毅人 at 23:05| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月19日

男の品格

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写真は、5年前の夏のリンタロウ。


この頃のリンタロウと比べると、ソラには、品格すら感じます。。。。



しかし、なんだ、このゲノム幅の狭さは?
遺伝子に突然変異というのはないのか??

これも、作風とでも???

以上。


※ゲノム幅理論については、これを参照。


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posted by 西久保毅人 at 23:59| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月23日

I`m so exciting.

今までの人生の中で、いくつかの忘れられない言葉があります。



そのひとつは、I`m so exciting.



先日、僕が学生時代に一時期御世話になった、MITの神田駿先生が来日されているという事で、久しぶりに再会しました。かれこれ10年ぶりです。
当時はとにかく海外で働きたくて、皆が就職活動しているのを横目にボストンの神田先生の設計事務所を訪ねました。
言葉はさっぱりでしたが、アメリカのスタッフに混じってとっても充実した時間を過ごさせてもらいました。その間に、いくつかのプロジェクトにかかわる事ができたのですが、その中で一番印象的だったのが、ハーバードストリートにある、小さな小さな時計屋さんの内外装の改修の仕事でした。

4帖くらいの店でしょうか?
とにかく、小さなお店です。
通りに面した窓の向こうで、一人の時計職人さんが朝から晩まで時計の修理をしていて、その腕が有名なお店でした。
まあ、とにかく仕事をまかせてもらえたのが嬉しくて、自転車で毎日その時計屋にいっては、その職人さんの椅子に座らせてもらったり、その職人さんが毎日同じ場所で何を見ているんだろう・・・?という事を一生懸命考えました。
その椅子に座って、ちょっと視線をあげると、ガラス越しにきれいな空が見えました。

そんな具合で感じた事をそのまま絵にして、模型にして、いよいよオーナーのスーザンにプレゼンです。つたない英語で、模型を前に説明をしおえると、何となくスーザンの顔が赤くなっているような・・・・・、気がして、

「やばっ、怒らせてしまった・・・・・どうしよう、外国で・・・・・」

と思っていると、スーザンはとても興奮した様子で、



「・・・・I`m so exciting!!!!  」



と言ってくれました。

それにつづく言葉は、いまいちよく分からなかったので、覚えていませんが、分からないながらにも、スーザンは、喜びと興奮の感情を僕に伝えようとしてくれている、というのははっきり分かりました。

僕は、たぶん「さんきゅう、さんきゅう・・・」というくらいしか感謝の言葉は持ち合わせていませんでしたが、産まれて初めて、仕事で人に喜ばれるという経験を、しかも、「I`m so exciting!!!!  」なんて言われて、頭の中が真っ白になったのを昨日のように覚えています。
横で神田先生は、だまって見ていてくれました。

今思えばよく神田先生は、言葉もままならない僕に,大事なプレゼンテーションをやらせてくれたなー、と不思議に思いますが、それが10年経った今思えば、神田先生の器の大きさというか、教育者として人を惹きつける魅力なんだなーと思います。



独立するきっかけって、人それぞれいろいろ理由はあるんですが、僕はあの

「I`m so exciting!!!!  」

が、忘れられなくて、そして、もう一度聞きたくて、独立したのかもしれないと思っています。


10年ぶりに再会した神田先生は、あれからあの時計屋は大繁盛して、10倍くらいのお店になったよ、と教えてくれました。ぜひ見に行きたいものです。



まあ、そのせいで、小さなおうちの設計を続けている訳では全然ないんですけど、

「西久保君は、東京で小さな小さなお家が得意で、たくさん作っているんですよ。
大きいものは密度が薄まるからやめた方がいいわねっ。ほほほほほーっ。」


と象の富田さんに紹介され、まあこれも運命かも・・・・・と思わなくもない今日この頃・・・・。



大きいものも得意なんですけど・・・・。ホントは.....。

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posted by 西久保毅人 at 21:41| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月31日

こがまる堂

ニコ設計室のスタッフの中でも、コアなファンの多かったコガちゃんが辞めてはや3ヶ月。さびしい思いの方も多いのではないでしょうか?

そういえば、「コガちゃんを偲んで・・・」を書くつもりがすっかり忘れていました。



で、さてさて、この3ヶ月、コガちゃんが何をしてたかというと、、、、、

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、、、青山で、お店を作っておったそうな。。。。


いいなー、青山。


何区?でしたっけ?

あの、オシャレで有名な街でしょ??

いいなー、そんなナウい街で仕事なんて・・・・・。

僕なんか、もう、5年もやってるのに、一度もお声のかからない街。


いいなー。

アオヤマって、響きも いいなー。

東京で仕事してます、って感じだよなぁー

いいなぁー。


と、いいなー、ばっかりでは、先に進まないので、どれだけシャレてるか見に行ってきました。

場所は、青山、といっても、山の方の、ちょっとひっそりとした場所。

でも、きっと青山なんかでは、人目につく場所よりも、すこし奥まった方が、きっと隠れがっぽくていいんでしょうね。まわりにも、隠れ家っぽい美味しそうなお店がぽつぽつあります。

そんな通りの奥の古い木造のアパートの一部屋が、噂の鍼灸院です。

「 はりまる開鍼堂 」

108.HARIMARU.jpg


隠れ家、って隠れ過ぎだよ−、コガちゃんっ。

というくらい、隠れてひっそりとその鍼灸院はありました。
まあ、きっと、それは自信の現れ。
本当にいい店は、看板を出さないらしいですから・・・・。


さて、
なんか、電話で話すたんびに、やれ、ペンキ塗りが忙しいとか、やれ、パテ処理してるとか、、、、そんな事しか言わないから何してるかと思ったら、ほぼコガちゃんが貼ったり、塗ったりしたそうです。

110HARIMARU.jpg


だからかどうかは分かりませんが、新しいんだけど、なんか昔からあったような、そんな雰囲気に、そしてコガちゃんらしい空気が全体に流れていました。




・・・・・
かれこれ、4年ほど前、ちょっと一人ではやりきれなくなって、象を辞めたばっかりのコガちゃんに声をかけました。

初めての僕のパートナー。

その時は、僕も何にも知らなくて、たぶんコガちゃんも同じで、同じ土俵の上で、いろいろ一緒に経験を積んできました。

手伝ってくれそうな人は、きっとまわりにたくさんいたんだけど、なぜかコガちゃんに声をかけました。


「なんで、西久保と古賀が一緒にやってるか、訳分からん。。。。」


と、まわりに言われるくらい、僕とコガちゃんは、全然違います。

でも、たぶん、きっと、そうだからこそ、僕はコガちゃんに声をかけたんだと思います。

なんか、僕にないものをたくさん持ってる気がしたのかな??

実は、一緒に仕事をした事は一切、なかったんです。象の頃も。
ただ、知ってたのは、ドラえもんを描くのが上手な事くらい。


そんな事で始めて、あっという間の約4年。
8つの住宅を一緒に実現しました。
どれも、これも、一筋縄では行かなかった、思い入れのある仕事です。


今後、コガちゃんが、どんな活動を見せるのか?、海外展開も視野に入れているみたいだから、とても楽しみ。

そして、今後も良きライバルとして、いつまでも
お互いに、「ギャフン」と言わせるような仕事をしていけたら、
そんな勝負ができたら、

と楽しみに思っています。



それにしても、、、、、、


いいな、青山、、、、、


こんだけ言ったら、来るかなー、青山。。。。。。。。。




エンドーくんも、キクチさんもさー、
辞める時は、ファンをつかんで辞めないとね、ファンを。
そして、第一作目は、青山とかのオシャレな街に呼んでねー。

おしまい。
posted by 西久保毅人 at 01:37| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月05日

はす

ちょっとドキッとするくらいきれいな蓮の花。


大きなお寺の敷地の片隅に咲いていたんですが、人工物の中で、ここだけ命が宿っているような、、、、、、。


107.hasu.jpg


それにしても、なんだでしょう?

この、奇妙なすがた、かたち。

ケンチクの設計みたいに、あーでもない、こーでもない、と何案も何案も、スケッチして、模型つくって決まったカタチ、っていうより、

一瞬にして、何かの必然性でうまれたんだけど、現れた瞬間から、ずーっとそのすがたをしていたような、ずーっと前から、存在していたような、そんなすがた、かたち。

奇妙極まりないんだけど、
これ以外のすがたはないよなー、と思っちゃうその存在。

きっと、何百年たっても、このすがたしか、ありえないんだろうなー、という時間を超越したような、すがた、かたち。


この広大な、お寺の建物や、敷地の中では、とっても小さな小さな大きさだったんですが、だーれも、建物なんか見やしないで、建物なんて気づいてすらもらえてないのに、
みんなを惹きつける、たった一輪の蓮の花。

負けるな、ケンチクっ。

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posted by 西久保毅人 at 00:13| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月10日

すっぴん。

まあ、完全にコジンテキな問題なんですが、

女の人はできるだけスッピンが好き。

ほぼ理解してもらえなんですけど、、、、。というか、言うと大抵、ムカッとされます。

だから、
「今日、お化粧ののりいいででしょっ?」

て言われても、はっきり言って、


、、、ゴメン、意味分からん・・・・・、ていうかさ、白いし、、、、。

というコメントしかできません、、、。
ホント、僕ほど化粧のしがいのない男はいないと思います。
申し訳ないんですけど、好みだからしょうがない、、、、。



さてさて本題は素材の話。

木、コンクリート、鉄。

この3つは、ケンチクを作るのに欠かせない素材であり、どれも好きな素材です。

そして少なくともこの3つの材料は、スッピンで勝負できる素材。

だから使うなら、できるだけ素のままがいい、といつも思います。
もちろん、スッピンだと、錆びたり、汚れたり、、、、マイナスの面もあるんですけど、、。でも、それも含めていいと思うんですね。

という訳で、木や、コンクリートについては、できるだけ素肌を生かしたスッピンな使い方をさせていただく事が多いのですが、鉄が意外と難しい、、、、。


錆びていく鉄はカッコいいと思うんだけどなぁ・・・。


さて写真は現在、計画中の、阪本さんの家のリフォーム。

なんと、阪本さんは、建築金物屋さんなのです。
すぐ隣りに工場もあります。

そこで、ダメもとで、

「あのですね、、せっかくですし、本棚とか、階段とか、できるだけいろいろ鉄で作っちゃいましょうよ、工場も隣りですし,,,,。しかもみんなスッピンで,,,,。」

という御提案をさせていただきました。

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この念願のワルノリに、阪本さんもおおいに乗っていただいて、現在進行中です。

でも、もちろんただフザケている訳ではないんです。

新築なら別ですが、
この建物は、築20年のコンクリート造。
30年の歴史がしっかりと刻まれています。

それをうわべだけ、こぎれいにお化粧してみても、たぶん、なんか表面的でバランス悪いと思うのです。それよりも、その築20年という歴史をそのまま受け止めるような材料の使い方、その歴史と勝負できるような材料の使い方をする方が良い空間ができるのでは?と思っているのです。

それがきっと、リフォームの面白さじゃないかと思うのです。

そんな訳で、秋頃着工予定で進行しているのですが、先日お打ち合わせに伺ったら、
なんと、鉄の本棚の試作品を阪本さんが作ってくれていました。

実物の試作を見ながら検討できるなんて、なんというゼイタク、、、。

そんな訳で、皆でおおいにワルノリしながら、
スッピンな鉄を楽しめる空間を作っていきたいと思っています。

お楽しみに。


115sakamoto.jpg
posted by 西久保毅人 at 00:54| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月13日

ひまわり

すごーく、きれいなひまわり。

保育園の朝。

116.himawari.jpg


なーんの迷いもない感じ。

ただ、凛として、こっちを見てる。


そんな目で見るなよ、照れるから,,,,。



ノノも、リンタロウも、ソラも、
いっつも、こんな目で、僕を見てくれる。


そんな目で見るなよ、照れるから,,,,。


そんな目で見るなよ、照れるから,,,,。



                           、
posted by 西久保毅人 at 22:22| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

おじいちゃんの穴

こども達に、戦争って、どう伝えたらいいんだろう・・・?


先日、テレビで「はだしのゲン」を見て以来、
うちのこども達は戦争が不思議でしょうがない。


基本的に、りんたろうは、仮面ライダーの「いいもん、わるもん」の世界。


「ねえ、で、どっちがいいもん?,,,,」


しかし、最近は、仮面ライダーにしても、ゲキレンジャーにしても、なんとなく、
単純に、「いい、わるい」という設定ではないところが微妙なトコロ。


ヒロシマってなに? 原爆ってなに?  パパせんそー、イッタコトアル,,,,?

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正直、僕の世代も、戦争を知らない世代です。
本や、テレビや、映画で、見聞きしてはいても、あくまで想像以上でも、以下でもありません。


でも、ただ、一つだけ、僕には忘れられないリアルな戦争のキオクがあるのです。

それは、おじいちゃんの穴。


もう、死んでしまったけれど、僕には二人のおばあちゃんと、一人のおじいちゃんがいて、母親の実家に行く時は、よくおじいちゃんにお風呂に入れてもらいました。

おじいちゃんのお尻には、ちょうど大人の親指が入るくらいの穴がポッカリ空いていて、
ちょうどこどもの僕の目線の高さだから、お風呂に入るたんびに、まじまじとその穴を見ていました。

お風呂からあがると、おじいちゃんに聞こえないように、

「おばあちゃん、じいじゃんのケツに、穴のあいとったばい。なんでね?」

と聞くと、

「ああ、あれね。あれは、鉄砲で撃たれたあなたい。まあ、お尻で良かったさい、
 痛かったやろーばってん。おじいちゃんにも聞いてみらんね。」


確かに、親指くらいの大きさだったから、鉄砲の弾の跡だったんでしょう。

おじいちゃんも、半分笑いながら聞かせてくれました。

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そんな事がありつつも、やっぱり僕はそれほど戦争を意識しては生きてこなかったと思うんですが、子供ができて、真剣に考えるようになりました。


少なくとも、自分のこども達が戦争に巻き込まれる事のない世界であってほしい。


難しい事はよく分かりませんが、
たぶん、そんな、コジンテキな思いに正直にあること。

そこからしか、何も伝わらないんじゃないかと思うのです。


さて、この話をこども達にしてみたんですが、

「うっそー、ないない、絶対ありえない。」

と、ノノもリンタロウも全く信じる気配なし。


まあ、日頃、ろくな話を聞かせてないから、それだけ信用しろ、といっても無理な話ですが、これにめげずに、何かリアリティーをもって、こども達に伝えていけたらと思っています。


今でもたくさんの戦争が、地球の上では起こっているのですから・・・・・・。
posted by 西久保毅人 at 18:58| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月17日

夏・甲子園

夏、といいえば、甲子園。


たぶん、全国の高校野球ファンにとっては、今年ほど物足りない甲子園はないのかも知れませんね。

中田は、出てこないし、大阪は負けるし、駒大苫小牧は初戦で負けるし、、、、、、。

でも、はっきり言って、僕には全然関係ありません。


しかも、僕的には、今年、最高に盛り上がっています。


そう、佐賀北が勝ち残ったのであります。

しかも、甲子園で2回も勝って・・・・・。

しかも、2回戦では、延長15回再試合という、足すと24イニングの熱戦を戦って・・・。

まあ、弟の高校なので、大っぴらには喜べませんが・・・・・。


そもそも、佐賀県の高校が、甲子園で勝つ、という事がめったにない。

やっぱ、甲子園って、全国ですし、ダルビッシュやマー君みたいな、将来プロ野球を背負うような逸材がウヨウヨしている舞台です。

そんな大舞台では、控えめな県民性の佐賀人は、なかなか活躍できないのが悲しい現状。
だから、毎年、出ても、大抵1回戦負け,,,,。

だから、甲子園に出るところまでは、結構盛り上がるんですが、出たあとは、意外と盛り上がらないんですね、負けちゃうから,,,,。


しかし、今年の佐賀はどうもいつもと雰囲気が違います。

とにかく、全国にビビっていない。

ホント、試合運びが堂々としています。

まさか、自分たちが、甲子園で、延長15回の再試合をするなんて、夢にも思っていなかっただろうね。きっと、想像や、限界を超えた戦いだったんだろうね。
それを、彼らは勝抜きました。


大舞台の、その試合の中で、彼らはどんどん成長していっているのでしょう。

伸び盛り、スポンジみたいな高校生。
甲子園の大舞台のプレッシャーをエネルギーに変えて、彼らはものすごい成長を遂げるのでしょう。

たぶん、疲れなんか感じてないはず。

それよりも、あこがれの甲子園で、一試合でも多く試合をしたい、そんな気持ちしかないでしょう。


さあ、明日はいよいよ、全国区の前橋商との3回戦。


負けるな、佐賀北校。


まぁ、弟の高校ではありますが、、、、、、
まぁ、わが佐賀西校が、県大会で負けた高校ではありますが、、、、、


今年ばかりは応援しよう。


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posted by 西久保毅人 at 00:44| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月20日

この夏の奇跡

話題はもう、もちろん、甲子園。



佐賀北です。


122.kitakou.jpg

まさか、まさかの帝京撃破。
あんまり興奮して、テレビを写真にとっちゃっいました、、、、、。



ついに、ベスト4です。

監督も、選手も、みんながインタビューで口にする


「夢のよう、、、」という言葉。


いいかげん、インタビュアーも、

「まさか、、、と、夢のよう、、」が多い佐賀北のコメントですね、、、

と多少困っている感じですが、


すみません、たぶん、コメント慣れしてないんです。佐賀人は、、、、。

たぶん、テレビでコメントする予定はなかったんです。もともと。


そして、選手はもちろん、佐賀県民もみんなそう思っているのです。。。。




120.kitakou.jpg



さて、昨日の帝京戦。
甲子園の舞台で、加速度的に成長し続けている選手達以上に、何か、見えない力が北高を後押ししているように思えてなりません。


たぶん、負けた帝京の選手達は、なんで負けたか、よく分からないのではないでしょうか?
たぶん、10回試合したら、9回は負けるような、そんな相手です。

たぶん、根本的なレベルが、全然違う相手です。

そして、佐賀北ナインにとって始めてのゼンコクという大舞台。

僕も、夢を見ているような、気がしてなりません。
でも、この、

不可能を可能にしてしまう力、

きっとこれが、青春なのでしょう。。。。。。。。ジジくさ、、、、。


まだまだ青いからこそ、どこまでも伸びてゆける可能性。
まさか俺たちが,,、、と心底思っているからこそなれる無心。




帝京戦は、ホント、なんで負けないのか不思議なくらいの展開でした。
何度も、何度も、決定機をつくられ、何度も何度も、奇跡のようなタイミングのプレーでそれを阻んできました。

121.kitakou.jpg



と、
もーーーう、書き出したらきりがないけれど、

こんなにお酒のうまい夏はありません、、、、。



しかし、夢の舞台は、駆け足で過ぎていきます。
残すところ、明日とあさってのあと二日。



もう、ホント、あとは、勝っても負けてもどっちでもいいから、

気負わずに、

この夏の伝説になるような、

一生の宝物になるような、


そんな悔いのない全力プレーで、甲子園という夢の舞台を楽しんでほしいと思います。


がんばれ、北高。


あーーー、甲子園行きたい、、、、、、。


、、、、、、一応、設計事務所なんですけどね
、、、、、。






posted by 西久保毅人 at 17:37| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月21日

この夏の奇跡 2

ふーーーーーーっ。






ついに、来ました。


もう言葉はありません。







、、、、、、、という訳で、明日、行ってきます。


どこへって?




それは、もちろん、






ピリオドの向こうへ、、、、、、、、。






123.kitakou.jpg



・・・という訳で、明日、西久保は急用のため、、、、、、


つまり、戦後の関西地区の都市計画における、スタジアムの役割の現地調査および、
真夏の決勝戦における、思春期の高校生の集団行動心理の実態研究、のため、



不在となります。




、、、、、、仕事は帰ったらします。


.
posted by 西久保毅人 at 23:23| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月23日

この夏の奇跡 (最終回)

この試合は、本当に、バットにボールが当たらなかった。

素人目から見ても、バッターがが出塁してからの機動力が唯一の売り物だった佐賀北の、攻撃の持ち味が全て封じられたような展開だった。

相手のピッチャー野村の、小気味よいピッチでの投球が、ますます佐賀北の攻撃時間を短くしていた。

気がつくと三振。

一人出れば、、、、と思いながら、気がつくと回は8回になっていた。

125.kousienn.jpg


対照的に、長い長い守備の時間。
2回で馬場が降板したのは、残念だけど、この展開はきっと佐賀北も想定していたと思う。もちろん馬場もこんなピンチは何度も最小失点で押さえてきたけれども、むしろ、プレッシャーのかかる決勝の舞台で、2回で取り返せない点差を与えて相手に勝ちムードを与えるリスクを、百崎監督は避けた。
そして、まだ甲子園で、一点も取られていない久保に全てを託した。
もし、久保でも通用しないようならば、きっとそれまで。
そんな勝負を、2回にかけた。

それにしても、久保はすごい。
毎回のようにヒットを打たれ、3塁まで進塁されながら、ぎりぎりのところで点を許さない。これは、技術なのか、それとも、久保が投げたら絶対に点を取られない、という試合を進める中で、佐賀北ナインがつかんだ信頼なのか?
帝京戦から、何度も追いつめられてきたけれども、奇跡のような集中力で点を与えない。

しかしスコアボードには、事実だけが蓄積されていく。

広陵は10本以上のヒットを積み重ね、
佐賀北のヒットは、わずか1本。

しかも、野村のボールに、バットは空を切り続け、積み重なる佐賀北の三振は12。

佐賀北の三振が増えれば増えるほど、連投の野村が生き返っていく。
佐賀北は、完全に、野村を生き返らせてしまった。

124.kousienn.jpg


後2回。
ここまで来たら、先に待つ優勝の喜びが、野村の疲れを忘れさせてしまう。
ますます沸き立つ、広陵の応援席。
全国制覇が目前なのだ。

7回、ついに、久保が打たれてしまった。
2点。始めて許した自責点。
これで、スコアは、4対0。


ホント、よくやったよ。


きっとスタンドの誰もがそう思っていたと思う。
展開によっては、2点どころじゃすまいような試合展開なのだ。
10点入っていても、おかしくないヒットの数。

それを、わずか2点で押さえた事。それだけでも、素晴らしい事だ。



8回裏。
しかし、どうしてもあきらめきれない。
一本、ヒットがでれば、流れが変わるはず。
応援席の皆がそう思った。
しかも、この回で、少なくとも点を取らなければ、終わりだ。
応援席の皆がそう思った。

知らず知らずと、この試合で、一番大きな声援がスタンド中で起こりはじめた。

選手が打てないなら、俺たちが打たしてやろうじゃないか。

この回にかける、そんな空気が、スタンドをおおっていた。
時計は3時。
それまで日陰だった3塁内野席に、急に西日が差し込んできた。
低い日差しが、急にスタンドを明るく照らし始めた。

127.KOUSIENN.jpg


僕は、この試合の流れを変えたのは、8回のピッチャー久保のヒットだったと思う。
久保は、たぶん、甲子園で一本もヒットを打っていなかったんじゃないかな。
今までの打席を見ていても、バッターボックスの久保は、ピッチャーだから打たなくていい、という、いわゆる投球専門の選手のように見えていた。

そんな久保がヒットを打った。
2回以来、チーム2本目のヒット。

ちょうど、この前の回の7回に、久保は、甲子園で始めて得点を許していた。
淡々と、感情を表さない選手のようだけど、きっと悔しかったと思う。
そして、ナインも、ついに久保が打たれてしまった事で、落胆があったのではないかと思う。

張りつめた緊張の糸は、たぶん、そんな事で簡単に緩んでしまう。
負けていく自分たちを受け入れてしまう。

そんな空気を、久保が打ち払った。
その役目は、きっと久保しかできなかったんだと思う。

久保が、塁に出た。

その事が、佐賀北に、最後の気力を蘇らせた。

その直後の、百崎監督の判断も圧巻だった。
9番馬場崎に代打を送ったのだ。

馬場崎は攻守に渡り、MVP的な働きをした選手。
最大の功労者の一人だ。
しかし、この試合では、まったく当たっていなかった。

その代打が当たり、ワンアウト1.2塁。

とにかく、それまでチャンスがまったくなかっただけに、スタンドにはそれだけでもう勝ったかのような大きな大きな声援が沸き起こった。
スタンドの振動が、僕らの体に伝わってくる。

4対0で負けているはずなのに、なんだろう、この空気は、、、、。

129.KOUSIENN.jpg

たぶん、何かが変わった。

それまで淡々としたリズムで投げていた野村の投球が乱れ始めた。
その投球を乱しているのが、自分達だと知っている佐賀北の応援席は、ますます声を大きくあげた。

気がつくと満塁。
まさかの押し出し。
4対1。

しかし、点差まだまだは3点。

きっと冷静に考えれば、最小失点に押さえる技術は十分にもっているピッチャーのはずだ。

ますます、大きくなる声援。

ピッチャー久保が、自ら放った一本のヒットが、最後の最後につながった。

いくつもの点が、最後の最後に一本の線になった。




気がつくと、副島の放った白球は、真夏の大空に大きく舞い上がり、大歓声のレフトスタンドに消えた。



4対5

逆転。

まだ終わっていない。
僕は思っていた。
9回表。
勝った、と思ったら負ける。

広陵は、まだ死んでいない。


9回ツーアウト。
後一人。

最後の打者が、ピッチャーの野村だった事も、野球というスポーツの何か不思議な力を感じてしまう。そういえば、昨年の早稲田対苫小牧の決勝再試合でも、最後の打者は田中だった。

最後の打者を冷静に三振に打ち取り、ゲームセット。



勝った。。。。。。。

128.KOUSIENN.jpg

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

と、まあ、朝5時に起きて、ノノと二人で甲子園まで行ってきてしまいました。
まさか、今年、甲子園に行くとは夢にも思っていなかったんですが、、、、、。

僕も、かれこれ東京に来て早16年。
もうすぐ、佐賀で生きた時間よりも、東京で生きた時間が長くなってしまいます。

北高といえば、我らが西校のライバルでもあり、弟の高校でもあって、
活躍すればするほど、微妙といえば、微妙な心境です。
しかし、先日、帝京戦を見に行った弟から感動のメールがあり、今年も佐賀に帰れなそうな状況でもあり、、、、という訳で、

佐賀の空気を吸いに甲子園に行った、というのが正直な気持ちかも知れません。。。。。

いやー、それにしても今年の佐賀北はスゴかった。
おめでとう、佐賀北野球部。

もうすぐ、君たちの倍の年齢になってしまうおじさんではあるけれど、たくさんのエネルギーをもらいました。


さてさて、東京に、帰ってきたら、佐賀の母親からこんなメールが届いていましたとさ。


、、、、また今回特に嬉しかったのは、日頃は何となく疎遠な貴方たち兄弟が、故郷のことで喜びあい、感激しあえた事、一つになり得た事、何にも変えられない喜びでした。

甲子園、、、、それも優勝(^-^)v(^-^)v(^-^)v(^-^)v(^-^)v




60にもなって、顔文字はないと思うけど、、、、、。


おしまい。
posted by 西久保毅人 at 02:32| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月28日

文脈

さて、甲子園の感動が、さめやらぬ今日この頃、、、、、、。

たまには本業、ケンチクの話。


物事には、必ずその背景になる文脈があって、それを読み解き、その流れの中に新しいモノをそっとおく事。

それが、設計だと僕は考えています。

だから建築に限らず、いろんな物事の背景に自然と興味がわきます。
興味がある人や、出来事があると、ひたすらその背景を読みあさる、、、、。

そんなタイプです。

結果よりも、むしろプロセス。

だから、
極端に言えば、僕が設計させていただく建築も、その脈々とつづく文脈の一部だと考えています。

さて、という訳で、新しい設計のお仕事を頂くと、まず、一生懸命に、その産まれてくるケンチクの背景となる文脈カンサツに一番集中力を注ぐのですが、それは、ご家族の生活像、どんな土地で生まれ、育ったのか?、土地の周辺環境、どんな社会背景か? そして佐賀つながりがないか?、、、、等など、、、割とくだらない事まで含めて頭に詰め込みます。

そして、お施主さんが、「そ、そこにあえて食いつかなくても、、、、っ。西久保さん、、、、。」

というような事に限って、なぜか僕には興味がそそられるのです。

いろんな設計者がいるとは思うんですが、僕は、とにかく、そんな事に一番興味があって、設計は、いわば、そのカンサツのレポートみたいなものなのです。

さて、写真は、進行中の白柳さんの家。

この住宅は、お施主さんが生まれ育った120坪程の敷地の一部に、小世帯の住宅を作るというプロジェクトです。

131.SIROYANAGI.jpg

戦後、瓦屋根の平屋が建っていた場所に、増築に増築を繰り返した大きな家。
増築の、全ての形跡が、そのまま形として残っています。

今も、一部残る、瓦屋根。

平屋の屋根の下は、おばあちゃんのバイオリン教室。
何十年も、そこから眺めてきた庭の風景。

屋根の上に、孫達が登る新しい営み。

この土地を住み継いでいく事を決めた、ご家族の思い。

そして、何十年か後に、きっと今度はこの建物が文脈の一部となって、
また、繰り返される増改築。

そんな、「これまで」と、「これから」の長ーい流れを想像しながらの計画。


、、、、、すみません、ひろいリビングとか、アイランドキッチンとか、何畳とか、いろいろご要望を聞いたのは、聞いたんですが、、、、、、とりあえず、僕の頭の中は、そんな妄想で一杯、一杯。。。。。

中でも、バイオリン教室のおばあちゃんの椅子の場所、
何十年も、庭を眺めてきた、おばあちゃんの椅子の場所が、どうしても気になって、
そこから設計を始めてしまいました。。。。。。。

こんな、広ーい、敷地の中で、おばあちゃんの椅子の場所から、全てを始めるなよ、、、、。と言われそうですが、白柳さんにも、おばあちゃんにも、共感していただき(たぶん、、、、)、なんとか、一つの形にたどりつきました。

気がつくと、白柳さんのご要望も、全て満たされている一つのかたち。

やっぱり、甲子園に行ったかいがあるってもんです。

着工は、まだまだ先ですが、これからが楽しみな計画です。

130.SIROYANAGI.jpg


そして、忘れてはならないのは、僕の文脈。

今まで、たくさんの住宅を設計させていただいた中で、つかんだ確信や、実感。

すべての「これまで」の仕事の上に、「これから」の仕事があるという事。
それは、必ずいつも意識していたいと思っています。

たぶん、以前は自信を持って提案できなかったであろう、形や空間。

でも、今は、確実に、よくなるはずだと実感をもって押し進められます。

経験が、不自由さへつながるのではなく、さらなる自由さへとつながるという事。


なんか、そんな事を出来上がったプランを見て、ふと思いました。


文脈は、時に「自由」を束縛する「不自由さ」だと思われがちです。


しかし、逆に僕は、不自由であれば、ほど、最高にハッピーな世界へのチャンスだと
確信を持って思うのです。

すべては、繋がっている。

甲子園も、設計も、、、、、。

posted by 西久保毅人 at 01:34| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月04日

連弾?

先日の事。


「じゃあ、発表会では、お父様とノノちゃんの連弾の曲を準備しますからねっ・・・・。」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
けっ、ケイコ先生、そ、そんな、、、、、。







と、いう訳で、急ですが、来年の発表会で、ノノと連弾する事になりました、
佐賀県代表、34歳です。


そりゃ、そんな夢のような事も、少しは妄想の世界で想像した事もありますし、
毎回のように、平日の昼にノノのレッスンに付いていく、
無職風の父ではありますが、、、、。



どうしよう。。。。。


正直、嬉しくもあり、悲しくもあり、、、という複雑な心境です。

まあ、上手に弾ければ嬉しいんだろうけど、正直、ド素人、
ただ、レッスンに付いていく事だけが取り柄の34歳です。


どうしよう。。。。。。



とりあえずは、発表会用の服を買わなくてはいけませんね、、、僕の。


、、、、、フツウ、何着るんでしょうか、、、、、、?



あんまり、父娘の連弾て、イメージわかないなぁ。

和服って訳にもいかないだろうし、、、、、。



と、電車男のような心境の、今日この頃であります。


posted by 西久保毅人 at 01:09| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月05日

おもさ

素敵なお葬式、という言い方が好ましいかどうかは分かりませんが、
そんな、自然と涙が溢れるお別れの場に、立ち会わせていただきました。



それは、20人弱の、小さな小さなお葬式。

93歳の大往生のおじいちゃんを、

長年連れ添ったおばあちゃんが送る。

世話になった孫が送る。

息子が送る。



おばあちゃんは、故人に対し、生前と同じように語りかける。

64年間連れ添った二人には、
きっと生と死の境目など、なんの意味もない。

冷たくなった肉体も、
二人の中では、ただ今だけの、一つのふるまいのよう。



「よくもまあ、63年間も、飽きずに一緒にいたわよねぇ、、、私たち、、まったくね。」



おばあちゃんから発せられる全ての言葉は、愛に満ちていて。。。。。。





出棺の際、棺を運ばせて頂きました。


始めて感じる死のおもさ。

そのおもさに、自然と涙があふれました。





なんの飾り気もない、小さなお葬式。
その飾り気のなさに、逆に、ご家族の、故人への敬意と満たされた日常を感じました。



きっと、飾らない愛情に満ちた、素敵な家族だったんだろうな、、、、、。



そんな、素敵なお別れの場でした。

ご冥福をお祈りします。
posted by 西久保毅人 at 00:33| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月06日

台風

だんだん台風っぽくなってきました。

ケンチク業界にとって、大風や、台風は、天敵です。

今日、佐藤さんの家の現場に行ったんですが、現場は監督さん達が、しっかり台風対策をしていました。


物がとんだり、雨が入ったり、、、、、。


とにかく、極端な天候は、想像以上の事が起こる可能性がありますし、
たぶん、そんな意味で建築現場が一番危険な場所です。


まあ、でも東京はなんだかんだと、いつも大した事はないですけど、
僕の実家の佐賀なんかは、毎年、どこかで屋根が飛び、家がつぶれ、、、、
という感じなのです。



とはいえ、建築は、立ち上がった瞬間から雨風にさらされるものです。
だから、雨風に対しての工夫が建築の歴史でもあると思いますが、
どうしても、予期せぬ事態、というのが起こってしまいます。


恥ずかしながら、僕が設計させた住宅でも、今まで数回、雨漏りというのが
起こりました。



だから、エラそうに「雨漏りは絶対しませんね、エヘンっ」

なんて、エラそうな事は言えません。

万全と思っていても、起こる時は、起こるものです。
原因は、様々ですが、その都度、勉強させていただきました。
そのような事は、大抵は、完成してすぐに発覚するので、すぐに直してもらって、
今のところ、雨がもる予定の建物は、ありませんけどね、とりあえず。。。。。



しかし、やっぱり、今日みたいな台風待ちの日は、なんだかソワソワします。


建てさせて頂いた分だけ、ソワソワは増えます。

最初は、1.2件だったのが、だんだん増えてもう、20件以上。
工事中の物件もありますし、、、、、、。



だから、とりあえず、全てを頭の中で、巡らしてみます。。。。。。



まあ、今想像する範囲では、何にも起こらない予定ですけど、、、、、



やっぱ、台風だしなぁ、、、、、。



まぁ、何もないのが一番ですけど、、、、、


何かあったら、ご一報を。











posted by 西久保毅人 at 22:55| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月10日

ちいさく ひくく ほの暗く

さて、今週末は、佐藤さんの家のオープンハウスです。
屋上にも、ちらほら、草が生えてきました。

135.satoutei.jpg


大抵、家作りを考えている方は、

少しでもひろく、少しでも高く、そして、少しでも明るく、

と口を揃えて言われる事が多いですね。
別に、悪い事ではないんですが、雑誌なんかでも、

広いリビング、
吹き抜けの大空間、
狭小地でこの明るさ、

この3つをいかに獲得したか、という事が大抵話題の中心です。


正直、単純にこの3つだけを獲得するのは、設計者としてそんなに難しい事ではありませんし、それだけで良ければ、結構ラクなもんです。
でも、都市住宅において、それが必ずしも良いか?というと、そういう訳ではありません。



実際、人間の空間カンカクって、結構だまされやすいものなのです。



例えば、2m40pという標準的な、天井高に暮らしている人はとても多いので、
「少なくとも、新しいうちは、2m40p以上は・・・・」
なんて、言われる事が多いです。
でも、実際、その寸法だから、せまく感じているのではなく、空間のコントラストがないから、せまく、低く、感じているのです。

だから、実際は、空間構成によって、同じ寸法でも、低くも高くも感じる事ができますし、いろんな寸法設定をする事で、同じボリュームの空間でも、移動するたびに、ワクワクするとても奥行きのある空間にする事ができます。

133.SATOUTEI-.jpg

それって、野球のピッチャーの投球術にも、似たところがあります。
例えば、150キロの速球でも、投げ続けると、バッターも目が慣れてきます。
でも、そのピッチャーが、90キロのボールと、速球を使い分けたとたん、バッターは
きりきり舞いです。
内角にズバッと決まった速球の後の外角の球。
コントロールの良い、そんなに球の早くないピッチャーが、バッターをきりきり舞いにさせるシーンも、緩急のコントラストで、的を絞らせないんだと思います。

きっと、要は度胸なんでしょう。
緊張感のある試合の中で、やっぱ、90キロの球を投げるって、かなり度胸がいります。
だって、、、遅いですよね、、、90キロは。さすがに。


それは、ケンチクも同じで、2mを切ったような天井設定って、度胸がいるのです。
だって、低いですし、、、、、手もついちゃうし、、、、。


無難に、全部2m40pにしておけば、なんの苦労もないのに・・・・・。


と自問自答しながら、日々、設計をし、現場で確認します。


でも、ぎりぎりに絞り込む事で、生まれる素晴らしい世界がある事を、僕らは身をもって知っています。

要は、コントラストなのです。


人間のカンカクは不確かなので、高さ、広さ、明るさのコントラストで、いかようにも空間の感じ方が変わってしまうものなのです。
たいてい法規によって、建てられるボリュームって決まってしまいます。
だから、そのボリュームの中で、どうコントラストをつけるか?



度胸ですね、、、、。


さてさて、今回の、佐藤さんの家は、そんな寸法を考えるのに、とても有意義な仕事でした。


「あの、小さな家をお願いします。
背の高い現代人に合わせて作られた空間は、天井も高くて、扉も大きくて、背の低い私にはとっても疲れるのです。。。。。。。
だから、私のサイズにあった、小さな、安心できる家が欲しいのです。。。。。」


身長152pの佐藤さんにとって、居心地のよい寸法ってどんなだろう、、、?

広い事も、高い事も、特別に明るい事も求められない空間で、どんなコントラストをつけたらよいのだろう、、、?

そんな事をひらすら考える機会を頂きました。

136.satoutei.jpg


先日、もう、ほとんど完成した現場にて、

「いやー、この家にいると、2m40pってすごく高いねー。」

と、監督のヤマガタさんがしみじみおっしゃっていました。



ちいさく ひくく ほの暗く




完成まで、もうちょいです。







posted by 西久保毅人 at 22:49| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

リレー


あの、ノノが、、、、、、


授業参観で、号泣したノノが、、、、、、、


パパと連弾予定のノノが、、、、、、、


なんと、運動会のリレーの選手に選ばれたのです。


去年は、補欠で誰かの病気待ち。。。。。。



おかげで不完全燃焼だった西久保家にとって、今年は盛り上がります。




なんと言っても、運動会はリレーです。

真剣勝負です。

そして、、、、汗と涙です。



まあ、甲子園に連れて行ったかいがあったってもんです。




まあ、、、、、、、、、いわゆる、自慢です。


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posted by 西久保毅人 at 23:43| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月16日

オープンハウスの夜

今日は、佐藤さんの家のオープンハウスでした。

晴天で、最高の日。

いい、一日。


138satouitei.jpg


佐藤さんも、喜んでくれて、

チャレンジした外壁は、「うちも、これにして下さいっ」て言われて、

今まで作らせて頂いたご家族も、来て頂いて、、、

進行中のご家族も来てくれて、、、

大きい人は、ちゃんと頭をぶつけてくれて、、、、。

139.satoiutei.jpg

佐藤さんがおっしゃった、

「みんな、与えられたもので満足してる気になってるだけなんですよ、実は、、、。」

って、言葉が、とてもとても、心に残りました。。。


140.satoutei.jpg


、、、、そう、かなり酔っぱらってるさ、、、、今。

だって、オープンハウスの夜だから、、、、、。




じゃあ、寝ればいいのに、、、、、。

だって、オープンハウスの夜だから、、、、、。





何か書かずにいられない。

だって、オープンハウスの夜だから、、、、、、。





佐藤さん、こんな夜を、ありがとうございました。
posted by 西久保毅人 at 01:25| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月18日

はだかブランコ

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きのうは、めちゃくちゃ暑かった。





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・・・・・・・・・・・・。




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かぶるでしょ、フツー、、、、。




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もちろん自制心、あるわけもなく、、、、、。





146.sora.jpg

夏のおわりは、はだかブランコ。





で、

147.rinn.jpg

リンタロウは、、、、?






148.rinn.jpg

「ゲンだよ、ゲン。はだしの、、、、、。」

 

なにゆえ、、、、、???







149.sorarinn.jpg

まあ、

わりと、

高級な、

トウキョウの住宅地でのおはなし、、、、、。



posted by 西久保毅人 at 23:56| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月23日

フィールド

子供達とプレーをするのは、ホントに楽しい。

一緒にボールを追いかけ、走り回る事にはなんの境界線もない。

150.SAKAA.jpg


という訳で、たまに小学校のサッカー部の練習に参加しています。
参加する大人も幅広く、大抵は、サッカー部の子供の親ですが、
もうすでに、子供が卒業しちゃったお父さんや、サッカー部のOBの中学生、高校生、
大学生などなど、、、。いろんなメンツが集まります。

まあ、まだ自分の子供が入部すらしてないのに、参加してる物好きな親は僕くらいですが、、、、、。


だから、まだ何の縁も、ゆかりも、誰の親かも分からない僕が参加してるのが、どうやら
こども達は不思議なようで、最初は、お互いになんとなく敬遠してるだけど、一緒にプレーしているとだんだん、そんなの関係なくなっちゃうのが、やっぱ、スポーツの素敵なところだなー、と思います。


「おーっ、今のチョーいいパスじゃん、、、、、でさぁ、ところで誰のパパ??」


うーん、それはなかなか答えるのが難しいんだなー、

「えーとさぁ、2年生にノノって子がいて、そのパパなんだけど、ノノはサッカーやらないっていうから、僕だけやってんだよね。。。。。。でも、来年リンタロウっていうのが、入学するから、そしたら正式にはリンタロウのパパって事になるけど。。。。

で、リンタロウってのは、あそこの隅で、いじけてるヤツ、、、、、、。」


「ふーん、、、、、、、、まあ、それはいいけど、今度はもうちょい低めにパス出してよ、、、、、。背が届かないからさぁ、、、、、、、」



「あー、ごめんごめん、何か、その、高さカンカクがいまいち分かんないんだよねぇ、、、お前らチビすぎるからさ、、、、、。」



炎天下の中、

ただ走り、ボールを追いかけ、汗かいて、頭から水を浴びる。

フィールドで、ぶつかり合って互いの力を知る。



ホント、何のスポーツでもいいんだけど、そんな関係がこども達とできたら最高だな、と来年を夢見る34歳でした。


父親ができる事なんて、たぶんそれくらいじゃないかな、、、、、、。

ライオンの親子みたいに。


posted by 西久保毅人 at 13:26| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする