2021年08月03日

一番上から考える、結果から考える、逆回しに考える

うーむ、さいきん、
自転車乗ってたりしてふと思いついちゃう様なコトを、
着いたらすぐ忘れちゃうような脳みそになっちゃっったので、
メモしておきます。


たとえば建築を作り始める時って、
「基礎」から始まります。

ようは下から作り始めてだんだん完成していく。
「基礎から学ぶ、始まる」って
建築にかぎらず何でもあたり前にそうなのですが。
学ぶ順番や理解する順番がそのほうがいいかというとそうでもないのかなーと。

たとえば建物の地盤や基礎が大事、大事っていっくら言われても、
それだけだと僕にはやはりピンときません。
でも逆に、屋根から考えてみます。

屋根の重さは、〇〇キロ。

次に3階の重さは、〇〇キロ。

次に2階の重さは、〇〇キロ。

次に1階の重さは、〇〇キロ。

っていう具合に考えてみると、

「なるほど、これだけの重さを支える訳だから、それに耐える基礎にしなきゃだし、
地盤も大丈夫か考えないとね!」

っていうのが、思考的にすーっと腑に落ちます。

これは、構造力学にも言えて、下になればばるほど、上の階の荷重を支える訳だから
がっちりしていないといけませんが、3階なんて屋根しかのっていないので

「平家とおんなじじゃーん」っていうのが分かります。


それで思い出すのは、最初の職場で象設計集団の関さんとのやりとり。
ついつい、仕事を初めてばかりだと、

「構造や骨組みや、作り方」から考え始めるのが、プロっぽい、仕事ができる人っぽいって
思いがちです。

でも関さんは、

「まず、このフローリング材、どう貼りたい?縦向き?横向き?」っていうところから
話が始まりました。そして

「ヨコに張りたいんだったら、その下にくる下地材は、タテになってないとね。」

なるほど!!!

この考え方なら、サルにでも腑に落ちます!
ほんの30分くらいのできごとなんですが、
なんか、ケンチクが僕に近づいてきてくれた瞬間のエピソードとしていまだに忘れられません。


ようするに、

「完成形をどうしたいか??」

っていうところから、逆算して考えるっていう事です。

人にもよるかも知れませんが、まったくの想像力を持ち合わせていなかった僕にとっては、
この考え方ならケンチクが好きになれそうでした。


建築にかぎらず、勉強でもスポーツでも、音楽でも、

「基礎が大事、基礎が大事、基礎が大事、基礎が大事」って言われます。
でも完成形の見えない基礎練習ってやっぱり「なんのため??」っていうのが
分かりにくいですし、やる気も湧きにくいですよね。

勉強に関しては、完成形って見せにくいけど、
スポーツや音楽なら、今オリンピックがやっているように「完成形」や「理想形」が
見えやすいですし、
何をかっこいいと思うかって人それぞれなので、
自分がかっこいい、こういうプレーをできるようになりたい、っていうのが
それぞれの完成形になればいいのだと思います。

そのかっこいいプレーを紐解きながら、そのプレーにつながっていく様な基礎訓練を
教えてあげた方が、やる気もだいぶ違いそうだなーと思いました。


僕は子供の頃、何でもかんでもとても理解の遅い子供でした。
いまだにそういうところがあります。

建築でも、料理でも、スポーツでも、勉強でも、音楽でも、話し方でも。

なんでも自分の「かっこいい」や「作りたい」から
逆算して学んだり、考えたりするほうが、特に僕にとってはとても理解しやすいなー、という
話でした。


そのほうがぜったいやる気出るしね!
イメージ湧くしね!

posted by 西久保毅人 at 10:54| 2021.8月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月04日

今週末は「小池さんの家」のオープンハウスです。

今週末は、文京区で工事を進めていました「小池さんの家」のオープンハウスです。


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敷地は72uほどのとても密集したエリアなのですが、
そこに詰め込むべき、
とても楽しい小池家のつぼノートをいただきました。

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はたしてこのシキチの大きさに詰め込むコトができるのかどうか、、、、?
でも、妄想はただですからね!



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こんなものや、


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イカ焼きもあるかと思えば、、、、

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イグアナから、、、

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なんと先生まで(笑)。


つぼノートのお手本とも呼ぶべき、
広げるだけ広げられたすばらしいのつぼノートです(笑)。


まぁ、ほとんど僕のつぼとも重なるところばかりで、
とても楽しく設計をさせていただきました!


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オープンハウスの時は、つぼノート片手に完成したおうちをチェックしたいと思います。

内覧をご希望の方は、ぜひご連絡くださいませ。
posted by 西久保毅人 at 22:53| 2021.8月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月17日

ウフフ


oeuf(ウフ)っていうのは、フランス語で卵という意味らしい。
その意味を知るのは後のこと。ある日飯島家からLineメッセージで写真が送られてきた。写っている立て看板には白いチョークで「oeuff白金台」。
そういえば家の軒先でマルシェを始めるっておっしゃってたなーと思い出し、

「ん? オウフ白金台って読むんですか?」

と質問してみた。するとしてやったりとばかりに、

「ウフフ白金台。 卵のウフなのです!うふふ」

とさっそくの返信。してやったりの時はかなり食い気味に返事がくるのが尚子さんだ。この時点ではまだ僕には「まだ卵のウフなのです!」のくだりの意味がぜんぜんピンとはきてなくて、何が卵のウフなのだろう?卵とウフはどういう関係?と思っていたのだけれど、そんな事より「ウフフ」っていう言葉がなんとチャーミング!と思った。
卵とウフの関係はともかくとして、家ではじめた軒先マルシェが「うふふ」だなんて素敵すぎないですか?。本当に尚子さんにはいつもいつもやられる。「やられたーっ、し、しかも絶妙だ、、、。」と思わされてしまうのだ。僕もこんな言葉をいつかさらりと出してみたい。


と、そんなLineのやりとりの日付を改めて確認してみたらちょうど1ヶ月前、2021年7月15日となっている。
その1ヶ月後。
尚子さんが亡くなってしまったという訃報が、ご主人の寛さんから届いた。

*  *  *

親愛なる皆様、
残念なお知らせです。
昨日の8月13日金曜日、私の最愛の妻でもあり、皆様にとっても恐らくとても愛されている素晴らしい女性である飯島尚子(旧姓 今村尚子)が亡くなりました。
まるで眠っているかのような顔で、あの世に旅立ちました。
手には彼女の昔からの愛読書である、恐らく彼女が亡くなった時に読書中であったと思われる、村上春樹氏の「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」が彼女の脇に落ちていました。
夫である私が言うのもなんですが、素晴らしい人だったと思います。
8月12日木曜日は、朝晩の犬の散歩もして、その晩には僕とFBメッセンジャーで馬鹿話してたんですけどね。
8月22日 日曜日に、彼女の告別式を行うこととしました。

尚子さん自身は生前に、「冠婚葬祭はシンプルでいいのだ!」と公言していた人なので、告別式はシンプルに行います。
・彼女の「シンプルで行くべし!」を尊重して、お葬式のお返し(例 タオルとかお茶とか)は準備してません。その代わり、香典をお持ちにならない方でもご自由に彼女にお別れを言ってあげてください。(※お気持ちで香典を出していただける方は、快く受け取ります。お葬式代もかかりますので)
・世界中がこのコロナ禍で大変な状態です。無理して参加しないでください。もしご参加される方は、マスクの着用、手のアルコール消毒などを徹底ください。(※会場にもアルコール消毒の準備はされるはずです)
私としては寂しい気持ちで一杯ですが、多分彼女はまた次の世界で、彼女の独特の文才でみんなを笑わせていることでしょう。
尚子さん、ありがとうございました。
あなたと暮らした21年間は、本当に幸せでした。
飯島寛


*  *  *

全部読んだがこれは何を伝えようとしている文面なのだろう。
尚子さんは、今は卵とウフフのはずだ。でも寛さんがこんな手のこんだ冗談を言う人ではないのも知っている。
だからすぐに事実だと分かった。でも事実ってなんだろう。どう受け止めたらいいのだろう。
心と脳みそと顔の筋肉がうまく同期せずに涙も出てこない。

ただ、尚子さんに「書きなさい」と言われている気だけはした。


*  *  *

ウフフ。
そういえば尚子さんはいつもウフフだ。出会った時から、設計の打ち合わせの時から、赤提灯で飲んでいる時から、そして事務所に肉まんをたくさん抱えてきた時も。どんな場面でも尚子さんのウフフがいつも場を和ませ、やる気にさせ、それでいいのよと言ってくれているようだった。

ウフフ。
私たちはこの場所に借り暮らしをしようと思っているんです。駅からの小道がアプローチでこの階段が玄関。この階段にたどり着いて屋根が見えたら街のみんなが「おうちに帰ってきた!」って思ってもらえるようなそんな家を作りたいんです。私たちの家でもあるし、みんなの家でもある様なそんな家。小さくても森の中に住んでるようなそんな家。
ね、素敵でしょ?うふふ。

ウフフ。
最後の読書もなんと尚子さんらしいのだろう。そうまさにあなたのウフフはウイスキーの様だった。ほんの数滴であっという間に人を酔わせてしまうような。シンプルなのに複雑で海の余韻が染み付いてしまうような。でも複雑さは決してあなたの本意ではなく「ほらさぁ、難しい事はさておき、飲んじゃおうよ!うふふ。」と言っているような。


*  *  *

もし僕らのことばがウィスキーであったなら、
もちろん、これほど苦労することもなかったはずだ。
僕は黙ってグラスを差し出し、
あなたはそれを受け取って静かに喉に送り込む。
それだけですんだはずだ。

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら/村上春樹」より引用


*  *  *

尚子さん、
思えばあなたのウフフで、どれだけうふふな気持ちになれたことかを知っていますか?
ウフフは最後に残してくれた魔法の言葉だったのですね。
でも僕のウフフは気持ち悪いだけなのです。
困りました。


そしてまた尚子さんのしてやったり顔が目に浮かびます。
うふふっ、とはにかみながら。
そしてドヤ顔のあなたが。


心よりご冥福を申し上げます。


西久保毅人

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posted by 西久保毅人 at 00:21| 2021.8月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年08月28日

建築を根付かせる

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先日、とある審査をしていただける事になり、
完成して4年目になる「廣石さんの家」に久しぶりに伺ってきました!

審査、ってなるといつも学生に戻ったような気分になります。
いつもは自分が学生をAとかBとかSとか、、、悩みながら採点する側なんですが、
される側になると、どんな時でも超〜緊張(汗)。


そう思うと、堂々とプレゼンしてる学生、つくづくエラいなと思います。。。。

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そうそう実は「廣石さんの家」の廣石さんは、実は同業で
建築の構造設計を大学で研究されている研究者さんなのです。
なので、このおうちの構造設計は、もちろん廣石さんが自ら手がけられました。

不思議と僕は同業の方からの設計のご依頼も案外多く、光栄ではあるのですがそのたんびにやはり緊張します。
しかも構造設計者ってなると、もう文字を読んだだけで厳しそう(汗)だし怒られそう、、、。
お知り合いの建築家も多いでしょうしね。

そんな訳で、最初に「なんで僕に頼んでくれようと思ったんですか??」

って質問してみたら、

「うーん、、、まぁいろいろありますけど、、、、、、ビシッとかっこいい系のデザインの建築家の人と比べるとちょっとダサいからですかね?」

とのコト(笑)。


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そんなお答えをある時いただきました。

廣石さんは、「あっ、、、失言!(正直に言いすぎちゃった、、、、)、そ、そのーー、つまり、、、。」

とそのあと気にされていたのが、とても印象的だったんですが、
実はそういうの、とても嬉しかったのを思い出します。

むしろ「かっこいいからです!」なんて言われると逆にあんまり嬉しくないというか、
どうせそれは、お世辞でしょ、、、って思いますし、なんか変なコトできなくなっちゃうじゃないですか??実際。
カッコつけなきゃいけないのは疲れます。

それよりも、面白いとか、ダサいとか、ぶさかわいい、とか、、、そういう、うふふっていうのを共有できた方が絶対にいい。
ぎりぎりマイナスにならない、マイナス寸前のセーフな感じ。

だからむしろ嬉しいなと思う、、、、。そう僕は変態です(笑)。

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そんな施主であり、構造設計者の廣石さんのおかげで、
構造的にもたくさんのチャレンジをさせていただく事ができましたし、
モノづくりの楽しさを一緒に味わえたプロジェクトだったなーと思います。


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さて、そんな廣石さんとの共同設計が、書類審査を通って、現地審査をしていただく事になりました。
審査員の方々もお忙しいから、10分くらいかな、20分くらいかな、、、、と予想していたので
短い時間できちんと伝えるための準備をして臨んだんです。

が、なんと終わってみると90分以上も現地に滞在していただき、
たくさんの、ほんとにたくさんの質問や気づき、感想をいただくという、とても有意義な時間を
いただく事ができました。もちろん疲れましたがそれよりも嬉しかったなー、初めての体験でした。

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嬉しい感想をたくさんいただく中で、
審査員の方々の質問も、どんどん核心を掘り下げようと近づいてくれているのを感じました。
とても光栄な事だったのですが、
いつも表面的な事しか喋っていないし、いろいろごまかしごまかしやり過ごしている僕の悪癖のため、
なかなか相手の望む言葉がでてきません。


それにもどかしくされている審査員の方の気持ちも感じましたし、
何より自分も情けないなーと思いました。

いつもは学生に、

「もっとコンセプトを明確にしないとね! やりたい事がわかりにくくて伝わらないのが残念だね。」

ってエラそうに言ってるくせにねぇ、、、、。




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とそんな訳で、
とても学びの多い時間をいただいた反面、反省すべきことも多かった1日。

その中で、ぽろっといい言葉ですね、って言っていただいたのが、
「建築を根付かせる」
という言葉。

いつも無意識に考えている事ではあったのですが、この機会に改めて、
じゃあ、なぜ僕は建築を根付かせたいって思ってるんだろう??というのを
まとめておこうと思って文章化してみました。


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<建築を根付かせる>

どんなに小さな建築でも人間の大きさよりはるかに大きい。でもそんな巨大な物体である建築を生き物と同等に扱い環境に根付かせたい。それが設計活動を通して常に目指しているテーマである。

建築は計画地が小さかろうと大きかろうと具体的な地面と接続している。だからこの場合にまず定義する「環境」は、抽象的で広義での環境ではない。現実にその地面の周囲に存在している一つ一つの「既存在環境」とでも呼ぶべきものである。例えば隣接状況、敷地形状、そして地域の歴史、街のなりたち。近隣住民や通り過ぎる子供達の目線。周囲に生息する猫や鳥や植物といった様々な小さな生物たち。訪れるかもしれない大きな自然災害。そんなできるだけ大小多くの「既存在環境」に接する部分で起こるであろう物語を丁寧に想像し、ボリュームや部位を小刻みに変形していく。ある部分は土木的な背景に対応するように。ある部分は植物や小動物のスケールに対応するようにとスケールをかまわず並列に扱っていく事が大切だ。
そしてあくまでそれぞれの決断の動機は、この建築の「内包環境」、例えば住まい手の具体的な生活や趣味やパーソナリティーに根を張るものであるべきである。なぜなら「内包環境」は建築に命を宿す唯一のものだから。

動物や植物はまずは特定の環境で生息するために、自身のすがたかたちをいびつに変形させてきた。それはまさに生命体としての「内包環境」と「既存在環境」のすり合わせにほかならない。特に巨大生物や巨木が自身の外皮を他の小さな生物の住処としている有り様は、小さくても人間よりは圧倒的に巨大な建築が目指すべき共生のすがたを示している。そんな存在として建築が根付いた時、初めて建築の外皮は、物理的な強度を超えた強さを持ち、内包する人間を守ることができる。そして同時に根づいた場所は違えども、はじめて広義の環境と接続しているという感覚をそれぞれが享受できる。まるで地球そのものと人間の営みが接続され、戯れている様な風景を、建築も作り出せるのではないだろうかと考えている。

西久保毅人


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これはすべての設計について、いつもぼんやり心にある事。
答えがあるのかどうかは分かりませんが、時々指先が触れるカンカクは確実にあります。
ぜひ、ご一緒に!
posted by 西久保毅人 at 15:13| 2021.8月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする