2017年02月04日

ひとつながり 人つながり

先週末、
世田谷区の緑道沿いに建つ、「ひとつながりの家」の
オープンハウスを行わせていただきました!

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毎度、毎度のコトですが、
写真を撮りすぎてしまい、、、、、、、。

後で選ぶ手間を考えると、絶対に少ない方がラクなのは
わかっているんですけどね。。。



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もうそろそろ、いい加減、
馬力だけで何でもやろうとするのは考えものだなぁ、、、、、と
思うんですが、なかなか人間、変われるものではありませんねー。。。。


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でも、写真にしろ、設計にしろ、、、、。

実はこういう、褒められたものではない姿勢、っていうのが、
実はニコの根っこであるんだろうなぁ、、、っていうのもやっぱり
うすうす感じてはいます。

なんていうか、、、。

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やるかやらないか、ならば、やった方がいいじゃん。

ラクで楽しくないのと、大変だけど楽しそうな選択肢があったら、
そりゃ、楽しそうな方に進むでしょ。

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例えて言えば、それはジンセイに置いて、
もし、目の前に、
かき分けて入れそうな生垣があったら、、、、、、。


あなたは、どうしますか???

っていうコトかも知れません。。。。。

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前置きが長くなりましたが、
そう、この「ひとつながりの家」は、
僕と同じ(たぶん、、、)
生垣かき分けタイプの
5人家族のためのおうちなのです!


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さて、、、、、

そもそもこの敷地。

どういう形状か、っていうと、
一般的には、旗竿敷地といわれる形状をしています。

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なので、道路と接している部分は、3mの通路のみ。
ただ、その先の北面は、もともと川だった場所を埋め立てられて、
今では桜並木の緑道になっていています。

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、、、、もし僕が、ここんちの子供だったら、、、、。

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ぜーったい、緑道から学校行くだろうし、
緑道から帰ってくるよね、、、、、きっと。


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まちがいない。

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そして、
おうちが出来ちゃう事で、
せーっかく、
通路から緑道まで気持ち良く抜けているのに
それがふさがっちゃうのも、、、、





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もったいない。


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そして、
こんな環境に、
しかも、3人のわんぱく兄弟がいるのなら、
お友達のたまり場になるのも、、、、、、。

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決まっている。

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じゃぁ、そんなどろんこの子供達が
家の中でも走り回るんだったら、、、、


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ぐるぐる回れた方がいいに違いないし、、、、、、

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床の素材だって、よごれを気にせずに、
むしろ、子供達の足の裏のあぶらが
つけばつく程に、
味わいの増す素材がいいに、、、、、、、

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違いない。

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、、、、、と、
そんな風にですね、、、、


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違いない、とか間違いない、とか。

めったに断言しない僕ではありますけど、
なぜか断言できてしまう自分がいます。

そりゃそうですよね、、、、。



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僕たちもむかし、
子供だったんですから、、、、、、。

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、、、、とそんな訳で、
設計趣旨は、以上になります、、、、、。(終わり)

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、、、と、したいところでもありますし、
実は、ほーんとにこれがこのおうちの全てではあるんです。


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そのくらいに、
暮らす、っていうコトは、動物的で、初源的なものだと思うんですけど、
そういう妄想に近いようなイメージが、


「ほんとうに何十年も続いて欲しい」


って思った時。
実は、もう少し工夫が必要になってきます。


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たとえば、
このおうちは、大まかには、1階がコンクリート造で、
2階が木造になっています。

でも、床にしても、壁にしても、
将来、壊せる壁、抜いちゃえる床、、、、、
そんな仕掛けをたくさん作りたかったので、
平面的にも、断面的にも、
コンクリートと、木造が編みこまれたような作り方にしているのです。

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おうちの大きさ、と
その時の家族の大きさ。

それは必ずしもイコールではありません。

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割と大きなおうちなんですが、
実は、まだ、6帖一間に、おふとん3枚しけば、
十分5人寝れちゃうような、、、、、、、
そんな小さな家族です。

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そういう時期の幸せは、
今しかないから、ぎりぎりまで堪能して欲しい。

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でも、順番に、

「一人で寝たい。」

とか言い出すよねー。

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でも、じゃあ、部屋があればいいって訳でもなくて、
3人いたら、
勉強は、別がいいけど、
寝るのは、一緒でいいとか、、、、、。

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逆に、寝るのは、別がいいけど、
勉強は、別がいいとか、、、、、。

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めんどくさいのは、
お兄ちゃんとは寝てもいいけど、
お姉ちゃんは、別がいいとか、、、、、。

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そんな風に、これからの20年位は、
一つの家の中で、いろんな欲求や、距離感が
生まれてくるでしょう。

、、、、子供は離れたいけど、
とーちゃんは、ホントは一緒に寝たいのになぁ、、、、、も含めて。。。。

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そんな時に、
ネコが光をたよりに気持ちがいい場所を選んでいくように、
家の中にいろんな居場所があって、
その都度、その都度、
距離感と関係を紡いでいけるように。

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家の中でも、街のような出会いがありますように。

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いつまでも、いろんな大きさがありますように、、、。

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そんなコトを思いました。

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そして、もっと先の未来は、子供との関係だけでもありません。

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もしかしたら、おばあちゃんが住むコトになるかも知れませんし、、、

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、、、、一時期は、子供達が巣立っちゃって、
ガラーンとしている時期もあるかもです。

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そういう時には、緑道沿いに、
レストランでも開きましょうね〜。

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街の子供達の寺小屋でもいいですね!

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そして、もっと先の未来。。。。。

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子供達が、孫を連れて帰ってきて、二世帯住宅の相談に、、、。

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息子:「あのさぁ、、、、とうちゃん。


    相談があるんだけど、、、、、。」


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息子:「子供達も、じいちゃんち好きだしさぁ、、、、、

 
   俺もやっぱり、できたらこの家で子供育てたいんだよねー。。。」

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息子:「でもさぁ、、、、困ったコトに、問題は、

   ヨメさんは、キッチンとか玄関は別がいいっていうんだよねー、、、、、。」

じじい:「嬉しいけど、、、、それは困る、、、、。
     なぜならこの家は、ひとつながりの家なんだから。」


息子:「そこでさ、、、、、。

    階段も二つあるし、、、、。
    表向きは、完全2世帯っぽくして、ヨメさんの機嫌を取りつつ、
    
    、、、、、コッソリ、
    子供達用とじいちゃん達のひみつ階段を作っちゃえば、、、、、」



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息子:「結局、この家、ひとつながり、

     のまんまじゃね??」


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、、、、そーんな妄想は広がるばかり。。。。


    数十年後の設計依頼。
    心からお待ちしております!!!!


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ひとつながり 人つながり。


結局は、人がつなげていく
ひとつながりの家。



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そんな時に、いくらでも変わっていけるように、、、、。

すがたを変えても、この場所で住み継いでいけるよう。

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さーて、お引越し後にうかがうのが楽しみです!


縁日、、、、、、何十人集まるでしょうねっ!!!!
posted by 西久保毅人 at 19:47| 2017.2月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

石の上にも43年

いつも急ですが、
高円寺にある、座・高円寺にて、
今週いっぱい、友人の芝居がやってます。

作、演出 中津留章仁 「たわけ者の血潮」

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前にも書きましたが、中津留は、大学の同級生。
ここ数年、演劇界では、ちょっとした存在らしい。



約20年前。
なぜだか、この年の僕の研究室は、「ケンチク以外」のコトに
一生懸命な仲間が多くて、まさに逆ゴールデンエイジ、っていう感じだったんですが、
中津留もその一人。


想いばかりが溢れつつ、結果まともに就職もせず、
要は、30過ぎてもなかなか食えない、、、、って意味での、逆ゴールデンエイジ。


忘れられないなぁ、、、、、。


ちょうど4年生になる頃、、、、、。
就職とか、進学のために学年の成績表が公表されたんですが、
僕も含めて、この逆ゴールデンな仲間達5、6人は、
成績表をめくってもめくっても、名前が出て来なくって、、、、、。

学年で180人中、
最後のページの150番から180番のページにみんなずらりといたのが、
おかしくて忘れられません。。。。。

そりゃそうだよなぁ、、、。
とりあえず、ただトウキョウに来たかっただけだったんだから。
そんな佐賀県代表 西久保。  大分県代表 中津留。



最近、「何者」っていう映画がありましたが、



まだ、何者にもなれそうにない、、、、。

予感のみじんすら、、、ない。

そんな時期でした。



30歳半ばまで、ほーんと小さな小さな劇場からしかお知らせが来なかった
中津留ですが、
ここ数年、本多劇場やら、紀伊国屋ホールやら、座・高円寺やら。。。。


有名な劇場ばかり。
すごいね、ほーんと!!!!



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今思えば、そんなすぐに「何者か」になれる訳ないよね。


そして、同じ自営業として、時々考えるのは、
何かに「なる、なれる」っていう言い方そのものが、実は違うかなぁ、、、って
思うのです。


今では、劇作家として期待されるような存在らしい中津留


でも、彼は劇作家になった、訳じゃなくって、
何ものでもない、ただの石の上に、
ただ43年間、「残った」だけなんじゃないだろうか?


トウキョウのど真ん中で、
大分県産の石の上に、ただただひたすらに
立ち続けようとしているだけなんじゃないだろうか?



そんな風に思うのです。



さてさて、そんな訳で、ニコの若者達は、
中津留からお知らせが来ると、
半ば強制的に、中津留の芝居を観に連れて行かれます。


年に数回の、ニコ唯一の文化の日。
、、、、、、あとは、飲み会しかないですから、、、、。


今回も楽しみです。
もし、興味のある方は、ぜひぜひご観覧ください。
むかし1000円だったチケットも、、、、、、今では4000円ですけどね〜(笑)

posted by 西久保毅人 at 19:46| 2017.2月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月14日

廃墟遊戯

先日、上棟式を迎えた小田原さんの家は、
商店街のど真ん中に立つお家です。

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最初に敷地のそばのご自宅に伺った時、
お子さんが近所の子供達と道路にチョークで落書きして遊んでいました。

街に住む、っていってもいろんな街との関わり方があると
思うんですが、そんな昭和な子供達をまだまだ受け入れてくれる
大らかな街。

それが実は第一印象でもありました。

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メインの駅からちょっと離れているっていうのもいいんでしょう。
その割に商店街は賑わっていて、チェーン店がほぼないっていうのも
素敵なところでした。

駅前の商店街は、どこもそうですが、たいていせかせかしていて、
駅を利用する大人のための飲食店が並びます。裏手にもお店が並んでいるので、
どこか子供たちを拒絶しているようなところがあります。
生活に密着してない感が強いのかな。

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でも、ここの商店街は、裏はすぐに住宅街なので、
商店街と生活が、程よく交わっっていて、子供達がいる風景が、
なんだか似合います。


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きっと飲み屋だって、家族でくるお客さんも多いんでしょう。
大人の脇で、子供達がゴロゴロしていても、
なんだか自然に家族ぐるみで受け入れてくれるような、
そんな雰囲気がある街。
古くから続いているお店が多いのも特徴です。

金物屋さん、文房具屋さん、時計屋さん、味噌屋さん。。。。。

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ただやっぱり、他の街の商店街同様、
古いお店は後を継ぐ人がいるかどうかが、やっぱり要。

店主の高齢化と共に、お店をたたむ決断を強いられるところも多そうで、
それはそれで、仕方ないところもあるんでしょうけど、
なんか、違和感を覚えるのは、そういう跡地には必ずと言っていいほど、
商店街とはなんのつながりもない、マンションやアパートが
突如として建つことです。


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いやいや、人が住むことはとても素敵なコトだと思うんですけど、
そして、
商店街に人が住むコトは、とても素敵なコトなんですけど、、、、。
1階まで全部道路に閉ざしたマンション、
っていうのは、いかがなものか、、、、って思うのです。

だって、商店街の1階は、
街に開いてなんぼ、だと思いますし、
特に商店街は、連なっている、というコトが何より大事なコトです。

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アホな不動産屋にそそのかされて、
まあいっか、ウチくらい、、、、、っていう感じなんでしょうけれど。。。。


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商店街って、全体として、どこか生き物みたいなものだと僕は思います。

僕は、あんまり街並みが崩れるとか、美しい街並みとかには、
正直、ぜんぜん興味がないんですけど、
生き物は、殺してはいけない、って思うのです。

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商店街って、連なっているコトが、唯一の生命線の生き物です。

たとえば、10件のお店が連なっているとして、
1件だけがシャッターが閉じたままだとします。

たかだか1/10なんですけど、商店街にとっては、その1/10が
1/3くらいに影響力が大きいんじゃないか、って僕は思うのです。

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そのくらいに、連なっているかどうかで、
活気も、魅力も、半減してしまう。

そういう意味で、
生きて連なっているようだ、という意味では、音楽にも似ているかも知れない。

音符が飛ぶだけならまだしも、
一音間違えるだけで、曲が台無しになってしまうような、、、。


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いやいや、極端にいえば、間違えたって、きっと大丈夫なのだ。

どういう音楽を奏でたい、楽しみたい、参加したいのだっていう気持ちさえ、音に乗っていれば。。。。

と僕は思う。


そういう意味では、
商店街に住む、っていうのは、
皆で音楽を楽しむコト、音楽隊に参加するコトに似てるのかも知れません。




さて。。。。。

とはいえ、僕は楽器を演奏するコトもできなければ、
歌もうまくは歌えない。

でも、音楽が好きな気持ちは、この街の音楽を盛り上げたい気持ちは、誰よりもあります。

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じゃあ、、、、、、、、、踊るか?







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たぶん、小田原さんちは、そんな家。

いや、最初は、手拍子だけだっていい。
とにかく、とにかくつなげていくのだ!



さてさてさてさて、、、、、。

なんの話からだったか、
酔っ払ってよく覚えていないけれど、

「、、、、そもそもさぁ、、、、

佐賀みたいな辺鄙な県の出身で、あんまり喋らないくせに酒だけ強いだろ。
西久保さんに頼んだ理由なんて、、、、、、


所詮、それだけですよ、そ、れ、だ、け。」


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ははは。
かたや、札幌の辺鄙な街代表の小田原さん。

こういうつながりこそが、ほんとに嬉しいなぁ、、、って思います!!!!



商店街に産まれる街のピロティーが、
この街の音楽と一つなりますように。。。。。

完成が楽しみです!
posted by 西久保毅人 at 19:50| 2017.2月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

いちたすいちは?

20代の頃、よく出入りしていた幼稚園に久しぶりに遊びに行った。
「よく出入りしていた幼稚園」がある大人も、あんまりいないかも知れないけれど。。。。

久しぶりにうかがって、当時、園長の佳子先生に受けた影響が、
間接的にニコの原点になってるなぁ、、、とつくづく思いつつ、ぼんやり過ごした。

最近ではドキュメンタリー映画として紹介されたりもしているちょっと有名な幼稚園だ。
予告編だけでもちょっと感動的。
http://www.kazeoegaku.com/message/

相変わらずとても素晴らしいなーと思うと同時に、20代の頃と違うのは、
こういう環境がもっともっと世の中に広がればいいのに、、、、って思う事だ。

佳子先生も言っていたけれど、幼稚園の数年だけでこんな環境が終わるのは、
もったいない。すがたかたちは違っても、つなげる事はできるんじゃないかと僕は思う。

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僕の最初の建築の現場は保育園だった。

体験として幼稚園しか知らなかった僕は、
実はちょっと保育園、っていう場所に最初偏見があったのだけど、
その保育園と出会って、考えが一変した。

設立当時、太陽の子保育園という名前だった現うらら保育園は、
実は、園長である鈴木玲子さんが、自分の子供のために作った保育園だった。
いまから40年前くらいだろうか。
まだいまほど保育環境も整っていなかった時代。
ただでさえ、保育園が少ない中、
少し障害のあった玲子さんのお子さんを預かってくれる保育園は一つもなかったそうだ。

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そこで、玲子さんは、自分の子供のために保育園を作った。
場所は自分の家。

それが太陽の子保育園のはじまりだ。


一般的には、保育園に自分の子供を預けてはいけないらしい。
だから、僕の子供たちを預かってくれた素敵な保母さんたちも、
いつも別の保育園に自分の子をお迎えに行っていたのを覚えている。

それは、なんかおかしいなぁ、、、って僕はいつも思うんだけど、
どうも世の中、それが普通らしい。

でも、太陽の子保育園はその普通が違った。
玲子さんが自分の子供のために作った保育園だから、
働く保母さんたちも、自分の子供は自分の園に預けるのが当たり前。
だから、保母さんたちも、代わる代わる出産して、
職場復帰の度に、自分の子供が自分の職場に入園してくるのだ。

「貧乏長屋の子だくさん」

それがこの保育園の明るいキャッチフレーズだった。
そのすがたは、とても自然だったから、
なんで世間ではダメなんだろう、、、、っていうのが僕には未だに不思議なのだ。


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20代の頃、
佳子先生と、仕事をさぼっては、いろんな保育環境を見学に行った。
幼稚園、保育園。
素晴らしい教育や環境がいろんな場所で、いろんなかたちであった。
どっちも素敵なんだけど、この二つは実はそんなに仲は良くないのだな、
という事も、その時に分かった。

幼稚園は、有名でお上品な幼稚園になればなる程に、基本理念は、
「子供はできるだけお母さんのそばに。」
である事が多い。そしてそういう理念の人が、そういう世界のトップにいる。

かたや、保育園は、働くお母さんの代わりをする場所だ。
まぁ、相容れないのは分からないでもないけれど、それは大人が相容れない、だけであって
子供達にとっては、素敵な場所であれば、どっちでも同じなのに、と僕は思っていた。

同じ子供の環境であるはずなのに、なんでそのちょっとした「あたりまえ」が
埋められないのだろうか?


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さて、今日の新聞でも、今年の保育園の待機児童が大きく取り上げられていた。
いま始まった事でもなく、僕の子供たちの時も、問題は同じだった。
僕の子どもたちは、親の驚愕的な収入の少なさのおかげで、
3人とも無事に保育園に行く事はできたけれども。。。。

かたや、最近では、近隣住民の反対によって、保育園の建設がストップするという事も
並行して起きている。

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「子供の声がうるさいから反対なんて、アホじゃないの。」
って僕は思うけど、問題はそれだけでもないらしい。
たいてい、公園が保育園の敷地候補に上がりがちだけど、
そうすると、今度は、小学生とかが遊ぶ場所である公園がなくなってしまう、という事も
問題というのだ。確かにうちの子達も、数少ない公園を今日は、ここ、明日はここ、と友達と
ハシゴして遊びまわっているらしい。ただでさえ少ないから、そういう場所がなくなると、
家で引きこもってゲームとかしかする事がなくなってしまう、という事で、
小学生の親からすると、公園に保育園は、都会ではそのまま遊び場の消滅につながる。
事情はわかるが反対、という事みたいだ。
なるほどね、、、、まあ少し分かる。

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じゃぁ、って思う。

保育園と、公園が合体したような場所を作ればいいじゃん。

保育園でもあり、誰でも遊びに来れる公園でもあるような、、、、そんな場所。

保育園にも、多少、近所の子達が混じる事も起こるだろう。
公園にも、保育園の子が脱走してくる事もあるだろう。
でも、混じる事で起こる楽しさや意外性の方が、きっと魅力的なのではないだろうか?


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うちは幼稚園ですから、、、とか保育園ですから、、、、とか公園とはね、、、
とかいう枠組みを外して、混ぜてみる事。
どっちかの声で決まるのではなくて、同時解決してみせようじゃないか、っていう
事をしてみたいと思う。
だって、どっちも大事なんだから。

方法はまだ分からないけれど、
同時に存在する、その素晴らしい世界だけは、僕には手に取るように見える。

ただそれだけに向かえばいい。


と、
そんな訳で、将来保育園になっても、幼稚園になっても、
公園になっても、助産院になっても、児童館になってもいいような小さなおうちを
僕はひたすら作り続けている。

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大は小を兼ねるというけれど、
小もたくさん点在すれば、きっと大に負けないのだ!


ただただ積み上げた経験と想いが、
時を超えた吉坂隆正の言葉と、すぅーっ とつながる。


血は争えない、というコトかもなぁ、、、。
posted by 西久保毅人 at 17:26| 2017.2月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする