2011年10月04日

首ふりハゲと巨大馬

土曜日は、小学校の運動会でした。

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ノノは6年生だから最後。
僕は、超ヘタレ小学生だったから、小学校の運動会のキオクなんて
さっぱりないんですが、
母似のノノやリンタロウは、ずーっとリレー選手で、
輝かしい栄光の時代、、、、、。


と、いいつつ、いっつも自称「前評判」は高いんです、2人とも。。。

ノノも、女の子の一番とはレイテンレイ何秒しか変わらないとか、
リンタロウも、タイムは僕が一番だよとか、、、、。

しかし、
本番に弱いところだけ、僕に似てしまった2人は、
毎年のコトながら、見事に惨敗。


一度くらい、勝つトコ、見てみたいものです、、、、ホントに。


おいおい、5位と、6位かよ、、、、、。

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「あんた、首フリながらヘラヘラ走るから遅いんじゃないの、、、??」


と、言われてみると、リンタロウは、首をクネクネフリながら走ります。

、、、、あ、、すみません、コレ僕似です。


僕も、小学校の時、
母親に、

「、、、あんたさ、アタマば、ふらんで走ったら少しはましじゃなかとね、、?」

と、よく言われたキオクがあります。

まぁ、リレー選手のリンタロウと、ヘタレ小学生の僕とでは、
言われている次元がそもそも違いますけれど、

なるほど、なるほど、、、、、
アタマをふって走るのは、どうも不効率のようですね、、、、。


申し訳ありませんが、今のところ、欠点はすべて僕似の模様、、、。


てコトは、まだまだ伸びシロがある訳で、、、、、、。



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さてノノも、小学校最後の運動会、
楽しんだようです。


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まぁ、160センチ超えの、大女により構成される巨大馬が、
子馬ちゃん達に襲いかかる姿は、

かなり大人げなかったですけれど、、、、、ねぇ。。。。


posted by 西久保毅人 at 01:43| 2011.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月08日

残像   断片




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posted by 西久保毅人 at 02:08| 2011.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月12日

どんぐりぐりぐり

どんぐりぐりぐりどんぐりこ


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先日、取材でISANAにうかがいましたら、
「星明かりのお部屋」にすむおねいさんと、
下窪さんの子供達が、たくさんのどんぐりをひろってきました。

おねいさんは、お買い物に行く予定でしたが、
子供達に声をかけられたらしかたありません。

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完成後、半年が経つISANAには、6つの貸し部屋があって、下窪さんのくらしを含めると、
7つのくらしがあります。

あっという間に境界を飛び越えていく子供達は、
すっかりみんなと仲良くなって、いろんなお部屋に遊びに行きます。


石が敷いてあるとこは、上足だけど、
土のところは、そとそとそとそと。
靴をはかないといけません。

子供達なりに、ルールがあるのです。

ここは「ウチ」か? と それとも「ソト」か??

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あとは、おなかがすいてるかどうか?


判断するのはあしのうら。
そして、いぶくろ。

いたってシンプルです。

ふたつの羅針盤を持った子供達はぐりぐり進んでいきます。

7つのくらしをまたにかけて。


合い言葉は、

「仲良くなってしまえば、こっちのもの。」

緻密に、着々と作戦は進行していきます。


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子供達にならって、おとなの暮らしもつながっていきます。

「どこまでも、自分の場所のようです。。。。」

と、星明かりのおねいさん。

でも、それは半分くらいは、子供達が開拓した新しい境界線。

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今日は、「東風(こちかぜ)のお部屋」に住むおにいさんとおねえさんとそのいもうとも、
下窪さんちにチャイを飲みに来て、少しお話。


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世界は子供達がつないでいく。
子供達について、僕らは歩いている。


世界は子供達がつないでいく。
子供達について、僕らは歩いている。

どんぐりぐりぐり どんぐりこ。


どんぐりぐりぐり どんぐりのこ。

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ケンチクカなんて、
ちっとも役に立ちはしないのです。

posted by 西久保毅人 at 01:49| 2011.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

食の空間

もう先月ですが、一年前に完成しました「宗次さんの家」の雑誌の取材と
点検にうかがいました。


もう、一年。

早いですねー。

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一年もたっての雑誌の取材だと、僕らも宗次さんも、
設計中のコトはすっかり忘れていて、、、。

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「、、では、最初にどういう御要望を出されたんですか、、、?」

とか聞かれても、


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「、、、すみません、もう忘れた、、。」


と、宗次さん。

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僕も、何ていうか、
悪い癖なんですけど、
出来てしまうと、あんまり説明したりするの、実は苦手で、

「、、、僕も、忘れました、、、。」


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と、こんな具合では、取材も、何もなりはしません、、、、。(汗)


ええとですね、、
取材というのは、正直実は口実で、
ただ、久しぶりにお邪魔して、のんびりするのがホントの理由な訳で、、、。


すみません、雑誌の皆様。。。

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まぁ、撮影はそのくらいにして、
さっさと飲みましょうよ。。。。

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どんだけしゃべっても伝わらない事。
写真でも写らない事。


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たいていのコトは、
食べて、飲んだら、分かるのだから。。



そんな訳で、
これからも、
そんな仕事だけ、募集中。
posted by 西久保毅人 at 23:18| 2011.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月23日

平部さんの家の2年後

先日、2年前にお引き渡ししました、平部さんの家に久しぶりにうかがいました。

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設計中の仕事ももちろん大切ですが、

お引っ越し後、どう住まわれているか?
お子様達の成長で、暮らしぶりがどう変わっていくか、、、?

むしろ、それを見せて頂きたくて、一生懸命設計をしているようなものなので、
ドキドキも半分、いつもとても楽しみです。


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洋服を着こなすように、
家も、時間が建つうちに、住みこなされていきます。

いつもそうですが、とても大切に住んで頂いている御様子で、
もう、まさに「平部さんの家」。


そうそう、そういえば、
家をほめる言葉ってたくさんあって、カッコいいね、とか、空間構成がどうちゃら、、、とか、
都市住宅としてどうのこうの、、、、とか、、。
いろんな言われ方をしますし、設計者としても、どう誉められたいか?っていうツボがきっと
それぞれあると思うのです。


ケンチクに限らず、モノを作る人は、きっとそれぞれにあるでしょう。


僕は、ですね、、、、


「おお、、、、まさにこれは、家だ。」


っていうのが、僕が目指している最大の賛辞でして、、、、、。


なので、ホント、

「おお、、、まさにこれは、だれの家でもなく、平部さんの家だ。」

って思える家になっていて、とても嬉しかったです。


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みんなで塗った子供室も、色とりどりのモノ達の背景として、
とても素敵でした。
めちゃくちゃ可愛い彩りの子供室にしていただいていました。


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さてさて、
久しぶりに、興味津々のソウタくん。
住むうちに、いろいろ子供なりに思う事があるようで、


「、、、ねえねえ、西久保さん。

なんで、ぼくんち、ナナメで、サンカクなの??」

とのコト。


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雑誌の質問でもそうですが、
時間が経って、急な質問はニガテです、、、、。



「、、、ええとねぇ、、、忘れた。」



と、とりあえず、宗次さん風に、、、、。


posted by 西久保毅人 at 02:29| 2011.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

3年生

そうそう、そういえば、9月から明治大学で設計の授業をしていまして、
3年生を教えています。(教えられてるとも言います、、、。)

来週は、いよいよ1回目の発表会。


課題はあれこれ考えたんですが、

「さしだすデザインの発見」

というテーマで、実際の商店街を舞台に、街ををカンサツし、そこからの気づきや発見をもとに、
街を変える提案に結びつけていく、というちょっとあいまいな課題設定にしました。


なので、ものすごい小さなスケールの提案に行き着く子もいれば、
都市デザインのようなスケールの提案の子、それぞれ提案のスケールが違うのが
ちょっと面白いです。

初めてできた西久保班の学生は、7人。

みんなそれぞれに視点、興味が違って、個性的でおもしろく、
あっという間に授業時間が過ぎてしまいます、、、、。


そしてこの課題は、僕がいっつも設計の時に考えているテーマのひとつでもあります、、。


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さて、3年生というのがどういう時期かと言うと、
僕が学生の頃とは状況も変わっててですね、
就職をしたい子は、3年の秋頃から就職活動が始まったり、大学院へ進学したい子は、
行きたい研究室をまじめに決めなければいけなかったり、、、、
いろんな事が、僕らの頃よりも前のめりな感じがします。

年齢的には、20歳とか、21歳とか。


要するに、人生のちょっとしたターニングポイントなのかも知れません。

設計に進もうかなぁ、、、進めるかなぁ、、、、向いてるかなぁ、、、。
間違って建築学科に来ちゃったかなぁ、、、、とか。。。。


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じゃあ僕って、3年生の今頃、何してたかなぁ、、、、、と、
今日、帰りに電車で考えてたんですが、、、、、、。

ロクなコトしてませんでしたね、、、、。
ざっと思い出すと、まずは、ちょうど今頃、大失恋、、、、。

高校の頃から付き合ってた女の子を見事に社会人のオトナにかっさらわれて、、、、。


そうそう、この時期って、同じ歳の短大の女の子は、社会人1年目の華々しい時期で、
かたや、ボロい服着た大学3年生。。。。


、、、、たぶん、全国的にも、大学3年生男子はフラれやすい時期です。きっと。


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と、そんな訳で、ようやく東京の女性にも目を向けざるを得なくなり、
遅ればせながら、東京人の第一歩を歩み始めました、、、。

で、じゃあ、失恋をきっかけに、設計にまじめに向きあっていたかと言うと、たぶんそうでもなく、
気づいたら、ついてしまっていた優秀なまわりの子達との歴然とした差をまざまざと感じながら、あせるばかり、、、、。

しかし一人前に、昼夜は逆転しているため、
目覚ましテレビで、なっちゃんにおはよう、と言ってから寝るような生活だったなぁ、、。

そんな時期に、ちょーど、仲良かった、これまた佐賀の近くに住む友達も、
同じパターンでフラれたもんだから、それからは、傷をなめあうように2人でパチンコ三昧の日々。

そんな私生活を送りつつも、売るように時間はある訳で、
もともと英語には興味があったので、英語の勉強はまじめにしてたなぁ、、、。


自分の努力不足を棚に上げて、

「きっと日本が僕に向いていないんだ、海外だ海外。」

と、海外進出を、ひそかにもくろみ、小田急線で可愛いガイコクの留学生ぽいお姉さんを見かけるたびに、

「ハーイ ハワユー?」

と、英会話実施レッスン。。。。


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アルバイトは、家庭教師と、塾の先生。、、、、国語の。
あとは、設計事務所、少々。

この頃まで、まじめに国語の先生になろうか、ケンチクに進もうか、、、
(そもそもこんな状況で、ケンチクに進める訳がないし、冷静に状況を判断すると、きっと僕には向いていない)

と、悩んでいました。

そんな訳で、バイトでずーっと小学生達と接してたんですが、
子供と接するのは楽しかったですね。
同時に、東京の小学生は大変だなぁ、、、、
ずいぶん、佐賀とは違うなぁ、、、、、
もっと子供時代って受験以外にやる事あるんじゃないの?って思っていました。

これが、3年生の春に、インド へ一人旅した事で、

ずいぶん、世界の子供達と、東京の子供達は、違うなぁ、、、、、に変わり、
結果的に、それが、卒業設計のテーマにつながる訳ですが、、、、、。


そうそう、沢木耕太郎の深夜特急よんだりして、
一人旅、よくしてましたね。
地球の歩きかたばっかりながめてたなぁ、、、、。

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、、、こう、事実だけ書くと、どんだけバカかと思うんですが、
ケンチクへの情熱は、しっかりあったのです。

ただ、学校でみんなが話しているケンチク、大学の授業で先生に誉められる生徒のケンチクと、
僕がいいな、と思えるケンチクは、ゼンゼン違う。

だから、僕がいいな、と思うものは、ケンチクではないのかもしれない。
だから、僕がやりたいのは、ケンチクではないのかもしれない。
ケンチク雑誌に載ってるケンチクは、少なくともひとつも好きではない。



そう思っていました。

思うだけで、ぜーんぜん、、、、、。
だから、ほとんど設計で誉められたキオクなし、、、。

そんな、ハシにも棒にもかからないような21歳の頃。

でも、
めーったに誉められないものだからですね、
相手がどういうつもりで言ったかは知らないけれど、
ちょっとした誉められた(ような)言葉が、とにかく宝物のように嬉しくて、
そんな数少ない言葉を、自分の都合のいいように解釈して、

「、、、やれるかも?」

とだけは、思っていました。

今思うと、めちゃくちゃポジティブシンキングですかね、、、、??

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と、僕のくだらない話はともかく、
要するに、3年生って、大切な時期です。いろんな意味で。

それまで華やかに優秀だった子が、急に失速してモチベーションを失うのも見て来たし、
逆に、このへんから急にのびる子もいます。

僕みたいに、もっとずっと後で、
「ケンチク面白ーい」って気づいたものの、

「ケンチクってなんじゃらほい、、?」
と思ってる子もいます、、、、。


だから、今、器用にこなして中途半端に誉められるよりも、
彼らが10年後、自分の作品を見て、

「やっぱコレいつか実現したいなぁ、、、、」

って思えるような、自分にとって大切な作品になると、いいなぁと思って学生達を見ています。



最後に、そういえば、思い出したので、僕が自分の講師紹介に書いた、学生へのメッセージを。
このメッセージが、唯一、僕が学生に伝えられる事のような気がしますので、、。


自分が本気で面白がれないものを、だれが面白がってくれるだろうか? 
逆に、どんなにくだらない事でも、自分が本気で面白がれたら、
それは、必ず、誰かに届きます。 

設計は、つまり、たぶん、そういう事。 

自分の「根っこ」がどこから生えているのか? 
課題を通して、それぞれが自分の「根っこ」を発見で きたら良いと思うのです。


仮にそれがいわゆる「ケンチク」から、

生えていないとしても。
posted by 西久保毅人 at 02:29| 2011.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月31日

「ははははっ、おかしいね。」

「この街は、なんだか人が木をよけて住んでる感じよね。。。。」


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なんか、ハッとするような言葉。。。
まさに、そういう街。

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新しいおうちを計画する街なんですが、
別に郊外でも、田舎でもなく、
むしろ、トウキョウのど真ん中。


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そんな場所なのに、逆に、田舎でもなかなかお目にかかれないような
巨木が、あちこちに生えています。

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別に誰かが決めた訳でもないんでしょうけど、
木は、もとの場所に生えたまま、
坂道は、もとの坂のまま。


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新しい街では、いつもピカピカのケンチクが威張っていて、
申し訳なさそうに木が生えていますが、ここでは逆で、
申し訳なさそうに、家や塀が建っています。

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そういう風にできた街は、もちろんいびつで、不便なんだろうけれど、
それでできるすがたかたちは、年齢も、職業も、国籍も、時代も超えてゆけるような
ユーモアにあふれているような気がします。


「ははははっ、おかしいね。」

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「ははははっ、おかしいね。」


ってのは、実は、結構たいせつな、キーワード。

まじめに向きあった証拠のような、、、、賞賛のことば。


posted by 西久保毅人 at 23:57| 2011.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする