2007年08月23日

この夏の奇跡 (最終回)

この試合は、本当に、バットにボールが当たらなかった。

素人目から見ても、バッターがが出塁してからの機動力が唯一の売り物だった佐賀北の、攻撃の持ち味が全て封じられたような展開だった。

相手のピッチャー野村の、小気味よいピッチでの投球が、ますます佐賀北の攻撃時間を短くしていた。

気がつくと三振。

一人出れば、、、、と思いながら、気がつくと回は8回になっていた。

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対照的に、長い長い守備の時間。
2回で馬場が降板したのは、残念だけど、この展開はきっと佐賀北も想定していたと思う。もちろん馬場もこんなピンチは何度も最小失点で押さえてきたけれども、むしろ、プレッシャーのかかる決勝の舞台で、2回で取り返せない点差を与えて相手に勝ちムードを与えるリスクを、百崎監督は避けた。
そして、まだ甲子園で、一点も取られていない久保に全てを託した。
もし、久保でも通用しないようならば、きっとそれまで。
そんな勝負を、2回にかけた。

それにしても、久保はすごい。
毎回のようにヒットを打たれ、3塁まで進塁されながら、ぎりぎりのところで点を許さない。これは、技術なのか、それとも、久保が投げたら絶対に点を取られない、という試合を進める中で、佐賀北ナインがつかんだ信頼なのか?
帝京戦から、何度も追いつめられてきたけれども、奇跡のような集中力で点を与えない。

しかしスコアボードには、事実だけが蓄積されていく。

広陵は10本以上のヒットを積み重ね、
佐賀北のヒットは、わずか1本。

しかも、野村のボールに、バットは空を切り続け、積み重なる佐賀北の三振は12。

佐賀北の三振が増えれば増えるほど、連投の野村が生き返っていく。
佐賀北は、完全に、野村を生き返らせてしまった。

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後2回。
ここまで来たら、先に待つ優勝の喜びが、野村の疲れを忘れさせてしまう。
ますます沸き立つ、広陵の応援席。
全国制覇が目前なのだ。

7回、ついに、久保が打たれてしまった。
2点。始めて許した自責点。
これで、スコアは、4対0。


ホント、よくやったよ。


きっとスタンドの誰もがそう思っていたと思う。
展開によっては、2点どころじゃすまいような試合展開なのだ。
10点入っていても、おかしくないヒットの数。

それを、わずか2点で押さえた事。それだけでも、素晴らしい事だ。



8回裏。
しかし、どうしてもあきらめきれない。
一本、ヒットがでれば、流れが変わるはず。
応援席の皆がそう思った。
しかも、この回で、少なくとも点を取らなければ、終わりだ。
応援席の皆がそう思った。

知らず知らずと、この試合で、一番大きな声援がスタンド中で起こりはじめた。

選手が打てないなら、俺たちが打たしてやろうじゃないか。

この回にかける、そんな空気が、スタンドをおおっていた。
時計は3時。
それまで日陰だった3塁内野席に、急に西日が差し込んできた。
低い日差しが、急にスタンドを明るく照らし始めた。

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僕は、この試合の流れを変えたのは、8回のピッチャー久保のヒットだったと思う。
久保は、たぶん、甲子園で一本もヒットを打っていなかったんじゃないかな。
今までの打席を見ていても、バッターボックスの久保は、ピッチャーだから打たなくていい、という、いわゆる投球専門の選手のように見えていた。

そんな久保がヒットを打った。
2回以来、チーム2本目のヒット。

ちょうど、この前の回の7回に、久保は、甲子園で始めて得点を許していた。
淡々と、感情を表さない選手のようだけど、きっと悔しかったと思う。
そして、ナインも、ついに久保が打たれてしまった事で、落胆があったのではないかと思う。

張りつめた緊張の糸は、たぶん、そんな事で簡単に緩んでしまう。
負けていく自分たちを受け入れてしまう。

そんな空気を、久保が打ち払った。
その役目は、きっと久保しかできなかったんだと思う。

久保が、塁に出た。

その事が、佐賀北に、最後の気力を蘇らせた。

その直後の、百崎監督の判断も圧巻だった。
9番馬場崎に代打を送ったのだ。

馬場崎は攻守に渡り、MVP的な働きをした選手。
最大の功労者の一人だ。
しかし、この試合では、まったく当たっていなかった。

その代打が当たり、ワンアウト1.2塁。

とにかく、それまでチャンスがまったくなかっただけに、スタンドにはそれだけでもう勝ったかのような大きな大きな声援が沸き起こった。
スタンドの振動が、僕らの体に伝わってくる。

4対0で負けているはずなのに、なんだろう、この空気は、、、、。

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たぶん、何かが変わった。

それまで淡々としたリズムで投げていた野村の投球が乱れ始めた。
その投球を乱しているのが、自分達だと知っている佐賀北の応援席は、ますます声を大きくあげた。

気がつくと満塁。
まさかの押し出し。
4対1。

しかし、点差まだまだは3点。

きっと冷静に考えれば、最小失点に押さえる技術は十分にもっているピッチャーのはずだ。

ますます、大きくなる声援。

ピッチャー久保が、自ら放った一本のヒットが、最後の最後につながった。

いくつもの点が、最後の最後に一本の線になった。




気がつくと、副島の放った白球は、真夏の大空に大きく舞い上がり、大歓声のレフトスタンドに消えた。



4対5

逆転。

まだ終わっていない。
僕は思っていた。
9回表。
勝った、と思ったら負ける。

広陵は、まだ死んでいない。


9回ツーアウト。
後一人。

最後の打者が、ピッチャーの野村だった事も、野球というスポーツの何か不思議な力を感じてしまう。そういえば、昨年の早稲田対苫小牧の決勝再試合でも、最後の打者は田中だった。

最後の打者を冷静に三振に打ち取り、ゲームセット。



勝った。。。。。。。

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と、まあ、朝5時に起きて、ノノと二人で甲子園まで行ってきてしまいました。
まさか、今年、甲子園に行くとは夢にも思っていなかったんですが、、、、、。

僕も、かれこれ東京に来て早16年。
もうすぐ、佐賀で生きた時間よりも、東京で生きた時間が長くなってしまいます。

北高といえば、我らが西校のライバルでもあり、弟の高校でもあって、
活躍すればするほど、微妙といえば、微妙な心境です。
しかし、先日、帝京戦を見に行った弟から感動のメールがあり、今年も佐賀に帰れなそうな状況でもあり、、、、という訳で、

佐賀の空気を吸いに甲子園に行った、というのが正直な気持ちかも知れません。。。。。

いやー、それにしても今年の佐賀北はスゴかった。
おめでとう、佐賀北野球部。

もうすぐ、君たちの倍の年齢になってしまうおじさんではあるけれど、たくさんのエネルギーをもらいました。


さてさて、東京に、帰ってきたら、佐賀の母親からこんなメールが届いていましたとさ。


、、、、また今回特に嬉しかったのは、日頃は何となく疎遠な貴方たち兄弟が、故郷のことで喜びあい、感激しあえた事、一つになり得た事、何にも変えられない喜びでした。

甲子園、、、、それも優勝(^-^)v(^-^)v(^-^)v(^-^)v(^-^)v




60にもなって、顔文字はないと思うけど、、、、、。


おしまい。
posted by 西久保毅人 at 02:32| 2007.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする