2016年10月12日

「棺桶のための扉のはなし」


「あのー、、、ちょっと今更なんですけど、、、。」


本間さんちもいよいよ終盤、ほぼ設計がまとまってきた頃の話。

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「あのー、、、この家、死んだ時、棺桶出ますかねぇ、、、??」



そういえば、本間さんちがいわゆる1階リビングになった事も、実は

「、、、僕は高いところがどうも落ち着かなくて、死ぬ時は地面のそばがいいんです。
 だから2階リビングの良さも分かるんですけど、やっぱ1階で、、、。」

という事から決まったのですが、次は棺桶の話。
いまから11年くらい前の事です。



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外観を見ても分かるように、本間さんちは、一見、街に閉ざしたような姿をしています。
それは、北接道でもあり、密集している事もあり、中庭形式のプランでもあるし、
なんか、変な色気もあり、、、、で、
当初はあまり道路に開くような予定をしていなかったのです。今ではちょっとビックリですけど、、、。

そんな中での、本間さんの言葉。

「うーん、、、今の玄関の感じだと出ませんねぇ、、、、。」

と答えつつ、いつだか分からない棺桶のために、扉をつける必要が
あるのかなぁ、、、とも半分くらいは思っていました。

「、、うーん、棺桶を出すための窓をつけるとすると、
 およそ1.2m四方くらいの窓になりますねぇー。。。
 そうすると普段、結構人目が気になっちゃうかもだから、いっそ壁ががばっと開く
 感じにしましょうか?」

「じゃあ、せっかくだから普段も使えるように、網戸もつけてもらえますか?」


という具合に、ほーんとに設計の終盤の終盤に、開く事になったのが、
この扉なのです。

そう、これは小さな図面では、見過ごしてしまうような、
ほんの、たった一枚の扉の話。


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本間さんちの設計上の工夫は、他にもたくさんあるんですが、
でも、僕はこの扉を開けさせてもらった事が、
この家の快適さにとって、実は一番大きな事だったんじゃないかと
完成後、伺う度に、思うようになりました。

とにかくとにかく気持ちのいい扉なのです。

屋内は、
ちょっとほの暗い土間のダイニング。
扉を開けると、そこにふわーっと光が差し込み、道路から風が流れてきます。
風だけでなく、なんていうか、街の音や、気配のようなものと家の中が急につながるのです。

それは、ガラスの窓のつながりとは、少しちがった、ちょっと劇的な感じ。

あぁ、この街の中に住んでいるんだなぁ、、、と思える瞬間。


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さらには、街から見ると、
時々通りががると、この扉が半開きの時があります。
ああ、ご在宅なのだな〜、と感じるけれども、道路からは、中はそれほど見えない程度の
いい塩梅。

気持ちのいい日だから、風を通してお昼寝でもされてるのかもなぁ、、、と想像すると
こちらまで幸せな気持ちになりますし、
最近では、初孫のおもりで、この扉から赤ちゃんの声が聞こえる時もあり、
ピンポン押さずに、ここから「本間さーんっ」って言いたくなっちゃったり、、、。

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中にいると、とても守られているんだけれど、
同時に、圧倒的に街とつながっている。

そんな暮らしを、このたった一枚の扉が調整しているのです。

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前述したように、たぶん本間さんの言葉というか、要望がなければ
おそらく開く事のなかったこの扉。
正直当時の僕は、作るあげる事や、今を満たす、という事で頭がいっぱい。

もちろんそれも大事だけれど、現在に、ずっと先の未来を重ねてみると言う事。

当たり前ですよね、何十年も住む家だもの。。。
そんな本当は当たり前の事を、本間さんの家を通して教わりました。
もちろん気が付いたのは、後からですけど、、、、(笑)

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とてもとても未来のコトを考えたしつらえが、
とてもとても近い日常を豊かに、ふくよかにするコト。

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地面や街とつながっているコトの優雅さ。

できれば家で死を迎えたい、というコト。

そして、産まれる、というコト。


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そういうのって、忙しい日常の中では、
忘れがちなコトばかりです。

気持ち良さとか、快適さってはたしてなんだろう?

答えは分かりませんが、
家がどれだけの時間を射程にした物語を持っているか、というコトが、
実は目に見えない心地よさや、快適さ、
そして生きている安心感につながっていくんじゃないのかなぁ、、、、
というのを、この扉を思い出しては、いつも考えるのです。

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そして、その度に、

トウキョウだからとか、田舎だからとか、密集地だからとか、、、、、
ついつい環境を言い訳にモノゴトを決めちゃいがちだけど、

ホントは、何も諦めなくていいんだなー、っていうコトを、
10年以上経った本間さんちに行くたびに、つくづく思うのです。


とてもとても未来のコトを考えたしつらえが、
とてもとても近い日常を豊かに、ふくよかにする、というコト。

posted by 西久保毅人 at 17:11| 2016.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする