2015年10月31日

ただならぬこと

ちょうど、今工事中の現場のすぐそばに、
著名な建築家さんの現場があります。

著名っていっても、それを知ったのは後になってからで、
通りががるたびに、
なんか、よく分からないけど、これはただならぬ、、、、、、って感じが
してたのです。

どこが、っては上手く言えませんけど、、、、。

気のせいかな、、、と思いつつ、
何度か通るたびに、
よくは見えないシートの向こうにある、そのシルエットに
やっぱ、ただならぬ感じがして、

どこの工務店さんの設計施工だろう、、、または設計事務所だろう、、、、。

これは、きっとただならぬ、、、、、。

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って、思いが増してきまして、目立たぬように塀に貼ってある工事看板をふと見てみると、
ちいさな文字で、住宅分野では誰でも知ってる著名な方の名前が書いてありました。

そういえば以前、実作も何度か拝見した事のある方。

なるほどねぇ、、、って、すべてが腑に落ちたんですが、
とはいえしかし、完成もしていないのに、
なにがこのただならぬ空気みたいなものをかもし出してるんだろう、、、って
気になって、現場に行くたんびに、ちら見しつづけています、、、。

自分の現場はたくさん見てきましたが、
他人の現場って、そういえばあんまり真剣に見た事ないな、、、、。


そういう意味で、僕らの住む世界は、
広いようで、とても狭い。

狭いから
あたりまえ、って思ってる事が、世間とはずれていたり、
ホントは単純な事を、難しい難しいと思っていたり。。。。。

ひと言でケンチク現場って言ったって、
会社ごとに少しずつあたりまえが全部違うのでしょうし、
僕たちだってきっと違います。


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そう、その現場は、
つつましやか、という言葉が一番似合うくらい
別に眼につくような派手なところはひとつもなく、
形が変わっている訳でも、家が浮いていたりする訳ではゼンゼンない。
見過ごしてしまうくらい普通のたたずまいです。

そういう意味では、現場に流れる空気だけが、まわりと圧倒的に違うだけ。


ただ、ここで起こっているコトは、

ただらなぬぞ、、、、。

少なくとも、僕のあたり前とは、同じようで全然違うぞ。

その何とも形容しがたい空気だけが、ビンビンと伝わってきます。


最終形は、まだ分かりませんが、
少なくとも気持ちのいい家になるに違いない、と工事中から思わせる家。


だからすごいのだなぁ、、とも思いますし、
完成形見るより、よっぽど勉強になるっていうか、
大事にしているコトが、なんか伝わってくるのです。

建築って、工事完了を境に、

工事中、完成後、

って、普通は別れて考えがちです。

でも、少し考えを変えて、

「工事が始まった瞬間から、それはもう、ケンチクなのだ。」

と考えるだけで、いろんな出来事が、違って見えそうな気がしています。

5712.jpg



ただならぬコトって、
ただならぬコトをしているから、ただならぬ訳ではなくて、

ただの普通の積み重ね。


舞踏家の田中泯さんが、

「本当は世の中は何でも思い通りにできる訳ではない。
 そして制約がないコトが自由、ではない。
 と気づくところからスタートする事が、創造や自由への唯一の糸口だ。」

というような事をおっしゃってましたが、
なんか、最近、そんな感じがしてます。。。。。
posted by 西久保毅人 at 22:54| 2015.10月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする