2014年03月14日

母なる自然のおっぱい

先日、神戸の曽根さんちの現場にて。

工事は遅れぎみだったのですが、よーーーやく
足場がはずれて、のんびり現場で過ごしました。

曽根さんちは、隣接する古い長屋の連続のような、小さなスケール感を
大切にしながら考えたのですが、
中もいろんな高さの場所があります。
いろいろ制限もあり、天井の高さが1.8m程度の場所、オンナの人でも手を伸ばせば、
届くような天井の高さのところ。。。。


敷地が長細くて、外から見ると大きな家に見えたり、二軒建っているように見えたり
するんですが、床面積そのものは、数字で言うと30坪程度。

現場にて、

「なんか、手が届くところがあると、なんか、安心すんねんなぁ。。。」


っていう奥さんの言葉を聞きながら、ちょっといろいろ考えました。


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それは、人間のサイズについて。


20代の頃読んで、

「なるほどなぁ、、、。」

ってすーーっと心に落ちた本のひとつに
池澤夏樹さんの「母なる自然のおっぱい」っていう本があります。


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、、、、、残念ながら、おっぱいの本ではないんですけど、、、、。(笑)

さて、、、、、
本の中で、
なんで、人間が地球の支配者になったのか??なれたのか??っていう話があってですね、
池澤さんなりの理由として、

結局、実は地球の大きさと、人間という生き物の、絶妙なサイズ感、なのではないか?

っていう事がかいてあって、、、、。

ようするに、地球の大きさ、地形や、資源、樹木の大きさ、川の幅、、、、などあらゆるサイズが
人間という生き物の大きさに、ほどよーく、ピッタリだったんではないか、、、という事。。。

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「へーーーっ、なるほどぉ、、。」

って思って、めずらしく妙に納得したのを覚えています。

しっくりきたっていうか、、。

例えば、もし人間が恐竜のサイズだったとしたら、、、、??
そんなサイズの生き物が、火を手にしたら、ひとつの火事で、森全部焼けてしまいます。
例えば食料だってすぐなくなっちゃうかもしれないし、海や川ももっと汚れるだろうし、、、。

要するに、恐竜サイズは、地球に対して大きすぎる、、、というコト。

逆に、アリとか、ネズミサイズだったら、、、、、??
今度は、逆に、小さな微地形も山に感じる訳で、ホントの山や川や海は、大きすぎて
きっと暮らしにはいかせない。
移動距離も狭いし、そのサイズで火を起こしても
あんまり使えないし、逆に火事で、自分が死んじゃうかもしれない。

ようするに今度は、地球サイズが大きすぎる、、、というようなコト。

そんな意味で、人間のサイズというのは、
適度に地球の資源や、火や、風や距離を、程よく楽しめて、活用できるサイズなのではないか?
なんとなく、地球を把握はできるけど、絶妙に全部は知れないくらい。
山は山で、程よく高く、登れたり、登れなかったり。
もちろん、火事を起こしたら大変だけれど、地球そのものには影響ない程度。

などなど。
例はいろいろありますが、

結局は、そういう人間の体のサイズが、
実は地球という星で生きるのに絶妙にピッタリだったのでは、、、?
というような内容でした。

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それは、なんだか、僕にはとても、腑に落ちる説明だったんですが、
それって、僕たちが暮らす、街や、家や、空間にも
言えるコトなんじゃないかなぁ、、、、、、って、思うのです。

人間が、体という、どうしようもないサイズを持っているのなら、
きっと安心できたり、ホッとしたり、居心地がいいと思ったり、、、するような
空間や街の大きさにも、きっと、「程よさ」みたいなものがあるんじゃないかと。。。。。

たとえば、ふと、なんかいいな、って思う街とか、路地とか、
狭いのに妙に、居心地がいいなぁ、、って思う空間とか。

そういう空間って、きっと人間のサイズと絶妙なバランスがあるんだろうなぁ、、、って
思うのです。

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体育館みたいに大きければ、いいってもんでもなく
でも、小さくて低いだけでも、いいっていうもんでもなく、、、、、。

でもそれは、人間が、体という大きさを持っている以上、
きっと住宅でも、街でも、役場でも、学校でも、飲み屋でも、、、、、、
どんな場所でも、きっと人間に大きさにしっくりくるものを
居心地がいいとか、気持ちいいとか、思うんだろうなぁ、、、、、、

そんな、あたり前のようなコトを、
しみじみと考えました。


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しっくり。

街にもしっくり。
人間にもしっくり。


数字でうまく説明できるコトではないんですけど、
とても難しいコトだなぁ、、、、って思うんですけど、
一番大切にしたいカンカクだなぁ、、、、って思いますし、
その謎を解き明かすことこそが、僕がケンチクを飛び越えて、
分かるようになりたいコトでもあるのだなぁ、、、って思うのです。



ボケーッとしているようで、
割とまじめなコトも考えるのです、、、、、時々。
posted by 西久保毅人 at 23:23| 2014.3月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする