2013年06月05日

まがりん。

ちょっと前ですが、
昨年お引き渡しをしました「尾曲さんの家」に雑誌の取材でうかがいました。

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とても楽しそうに住んで頂いていているのもそうですが、
土のまんま、ぐるりと残した路地に、たくさんの植物が生えていて
それがとっても素敵でした!

尾曲さんちらしくて。。。。


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「あー、、、もーう、、、、。。。

 次から次から草が生えてきて、めんどくさくてたーいへん、、、。」

って言えるような土のまんまの路地にしたいです、、、、。

と尾曲さん。。。。


そんな言葉を聞けるだけで、僕はもう、
めちゃくちゃ幸せです。。。

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そういうのに、理由もいらないし、説明も、意味もいりません。

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意味なんか、ぜんぜんなくていいと思います。

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そうそう、そういえば、
最近、久しぶりに、赤瀬川原平さんの文章を読みました。
20代のころ、もうたくさん読んで、
路上観察学とか、トマソンとか、、、、、。
すごく影響を受けました。

ケンチク学に興味のなかった僕にはもう、教科書のように。

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もう76歳になられたそうですが、
度重なるご病気で、現在お体を悪くされているそうなのですが、、。

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そんな赤瀬川さんの手記の中に、

「なんでも最近、意味のあるものが重いんです、、、。」

「意味のあることが、つらいのです、、。」

とありました。。。。。

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僕の受けとり方が違うのかも知れないけれど、、、、
失礼なコトかも知れないけれど、、、、

なんか、ちょっと分かるような気がしました。

もしかすると、世の中のいろいろなものを発見しては、
「意味」付けをしてきた赤瀬川さんの言葉だから、なおさらそう思ったのかもしれませんが、、、。

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、、、意味なんて、
正直どうとでもなるものです。
意味があるって、要は説明できるかどうか、ってコト。


でも、世の中、意味のないもの、説明のできないものはどんどん排除されていきます。

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意味をつけるために、説明をするために、
モノごとは、数値化されていきます。

数値化されると、比べられます。

もちろん、そのいい面もあるけれど、

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でも、ホントは、意味や、説明の前に、

「、、あっ、なんか、いいねっ。」

っていう、直感や感動があります。

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設計なんていうのは、その典型で、
意味や、説明のためのただの手段でしかありません。

ようは、どうとでもなるもの。。。。

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でも、直感や、感動は、どうとでもなりません。
頭で理解しても、理論でねじ伏せられても、、、、、

やっぱ、いいと思うものは、いいし、やなものは、いや。

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僕らが設計させて頂いたものが、
もし、いつか、意味を失った時。

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それでも、いいって思えるかどうか、、、、?

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、、、、、あれ、、、なんの話だったっけ、、、、???

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そうそう、尾曲くんのはなし。。。。


posted by 西久保毅人 at 02:00| 2013.6月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする