2011年01月27日

ジャッジメント

昨日の日経新聞のコラムにこんなのがありました。


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プロサッカーの審判だった方のもので、要するにサッカーというスポーツに、
なんで審判という役割ができたかという事や、もともとはそもそも審判はいなかった、
という事などなど、書いてあるのですが、そういう事をふまえて、

主審は「請われてピッチの中に入った」のである、普通、人にモノを頼んだら、
その出来具合にケチをつけないのは最低限の礼儀だろう。

ていう言葉が書いてあり、ちょっと思う事あり、ハッとしました。


そうそう、昨日の日韓戦も、審判、微妙でしたが、おかげで余計白熱しましたね。

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前から話題ですが、最近またよく耳にするようになった、
モンスターペアレント。

そもそも、言葉が良くないですが、スポーツに例えたら、審判にやたらたてつく
選手の親みたいなものでしょうか?
まぁ、個人競技だったら、どうぞご自由に、、、、と思うんですが、
集団競技は訳が違います。

もちろん、誤審や、間違いは試合中にたくさん起こるし、当事者はムカついたり、
腹が立ったりします。でも、同時に試合は流れている訳で、チームのの最終目標は
試合に勝つ事。そこを見失ったら、試合はめちゃくちゃです。。。。

どんなにひどい審判でも、試合が始まったら、ゆだねるしかない。

それは、あきらめでもなんでもなく、それが、集団のルール。


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政治にしても、教育にしても、
そういうカンカクが、めちゃくちゃ麻痺してるような気がします。

特に学校の先生なんかは、一人で40人近くの子供を預かる訳なので、
サッカーの審判よりも責任重大。

もちろん、ルールは勉強していても、現場で起こる様々な事は、
きっとルールブックに載っていない事ばかり、、、、、。
サッカーの審判並みに、瞬間の状況判断が求められるのでしょう。
失言もあれば、ミスジャッジもあり、、、、、、。

そんなのをいちいち、指摘されたら、
子供の顔の背後に、親の存在をいちいち想像しないといけないとしたら、、、

そんな仕事、やってられませんし、
子供と純粋に向き合い、ジャッジする事なんか、できないでしょう。

そして、それは、同時に教室にいる子供達に、

「親におびえる格好わるい大人」としての教師像を植え付けるでしょうし、
それが教室の空気になって、そんな中で、自分の子供が1年過ごすなんていう
事を想像しただけで、、、、ぞっとします。


そんな空気を作るくらいなら、多少の事に目をつぶった方がよっぽどいい空気が
できるでしょう。

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子供達にとって、良くも悪くも、学校の先生はかっこ良くないといけないし、
間違ってても、正しくても、自分の価値観でジャッジをする大人、でいてもらいたい。
そして大人は怖くないといけないのです。。。。


何でもかんでも、お客様目線ではなく、
親なんか無視しちゃっていいからさぁ、、、先生をしっかり守る社会の体勢やムード作りをしないと
結果的に子供たちがかわいそうだなぁ、、、と思う訳でした。


たまたまちょうど、今日、
ノノが赤ちゃんの頃に、御世話になった保母さんとお話する機会があり、

「いっつもね、、、クビを覚悟で判断して、子供達を預かってたわ。
コドモ達、ケガばっかりするから、、、、。」

という言葉を聞いて、子供を預かるという仕事の責任の大きさを感じました。
そのプレッシャーといったら、すごいだろうなぁ、、、、とも思いました。

ホント、ステキな先生でした。


そういえば、余談ですが、僕の佐賀の友達、先生になった人がとっても多いのです。
僕も、一時期、先生を目指した事もあるくらい、先生を目指す人が多かったです。

それは、小、中、高と、出会った先生達が素敵で、面白かったからだと思いますが、
今思うと、そういう素敵な先生達を、素敵なままでいさせてくれたのは、
今思えば、僕らの親達が、先生を尊敬して、任せていたからだろうなぁ、、、、
と思うのです。

だから、先生がのびのびしてだんだな、、、、。




僕らは、ジブンでできないから、他人に頼んでいるのだ。
だったら、文句いわないか、その場から去るか、
どっちかにしたらいい。



先生という仕事が、もっと守られるといいなぁ、、、、。


、、、、と、そんなコトを思いつつ、、、。
posted by 西久保毅人 at 00:18| 2011年の気づきとカンサツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする