2010年06月30日

写真判定

あぁ、、、、。

日本、負けてしまいました、、、、。
リンタロウも延長前半までは起きていてましたが、
さすがに途中で沈没。。。。。


さて、今回のワールドカップでも疑惑、というか明らかな誤審があって、
特にイングランド対オランダのヤツなんかは、あれが得点だったら、
多少は流れ、違ったかもなぁ、、、と素人目にも思いますし、


「、、、なんで入ってるのに、入ってないの、、、、?」

と、まためんどくさいリンタロウ。

「、、、まぁ、オトナの事情、ってやつだよ、、、。」


そう、世の中は、理不尽で、不平等なのです。

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で、こういうコトが起こると、写真判定を取り入れるべきでは?みたいな
議論が起こる訳で、
今は、相撲も写真判定、野球も写真判定、テニスも写真判定。
と、いろんなスポーツで写真判定が取り入れられています。

競馬は昔から写真判定ですが、これはギャンブルだから多少、しょうがないとしても、
サッカーまで写真判定になっちゃったら、結構つまらないなぁ、、、と
正直思います。

カメラ技術が進みすぎて、全てあからさまになっちゃうから、
キモチは分かるんですが、その場の正しい事が、必ずしも長い目で見て
正しいとは僕は思わないんだなぁ、、、


カメラに映るのだけが真実だっていうコトになると、審判はもういりませんし、
選手の審判に対する信頼感みたいなものも、たぶんなくなります。
審判のプロ意識みたいなものも薄れていくでしょう。

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これは、なんていうか、
学校の先生の今の立場にもすごく似ていると思うのです。
本当は、先生一人一人、考え方も、意見も、価値観も違っていいのに、
写真判定を気にして、なかなか個性的な先生が育たない環境になっています。
先生に決断権が与えられないと、そういう状況をコドモ達は感じる訳で、
コドモ達がオトナをバカにする状況が生まれてしまいます。

親としては、ジブンが思っている事だったら、
別に間違った事を教えてくれてもいいのに、、、、
と思うんですが。


そしてこの調子では、きっといつの日か、家庭にも写真判定が取り入れられ、
我が家にも来ちゃうかも知れません。

それはやばい。

僕がコドモに話す事なんか、9割は適当ですから、あっという間に退場処分。。。

マズい、、、、。

僕の場合、時々発する1割のコトバがいいのに。味があって、、、。



、、、、と、こういうコトを書いていたら、以前写真家の金子美由紀さんと
話した事を思い出しました。


デジタルとフィルムの違いについて、写真家としての気持ちを聞いた時。



「デジタル写真は、はっきり映るけど、予想外の写真は撮れない。

 フィルムは、時々、大失敗もあるけれど、
 予想もしなかったような素敵な写真が撮れる時がある。」


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きっとスポーツも、教育も、こういうコトのような気がしてます。


posted by 西久保毅人 at 23:49| 2010.4月〜6月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする