2009年07月11日

一般的

たとえば、大きさの違う家族が、同じ高さになれたりする事とは、
一般的なバリアフリーとは違うかもしれない。
でもその逆に、幸福な笑顔がある気がしている。

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例えば、なんだか引き込めれていきそうなアプローチとか、
内部に、あえて外部の仕上げをつかったりすることは、
一般的な防犯的には、NOかも知れない。
でもその逆に、初原的な気持ちよさが、隠れている気がする。

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そして彩りも、
一般的なコーディネーターとしては、邪魔なものかもしれない。
でも、彩りの中で、いろんなモノや人が美しく見えるのはなぜだろう?

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僕は、そもそも、その「一般的な」、を疑ってみたい。

もしかしたら、誰もが「一般的」という言葉に、しばられて、
逆に不自由になっているのかも知れないし、
僕もその一人かもしれない、と時々思う。

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そんな時は、定規をそのご家族にセットしてみる。
気持ちいいってなんだろう?と初原的なカンカクを思い浮かべて
家族の顔を思い浮かべる。


答えはすでにそこにある。


僕自身なんかは、もうそこにはいらないし、
消えていなくなればいいと思う、


そんな風にして出来た家は、愛される家だ。


ケンチクにとって大切なのは、作り上げる事よりも、
愛され続けることなのだ。


日曜日に取材で訪れた、
出来たばかりの中澤さんの家


どんどん、良くなるだろうなぁ、、、。


そんなコトを想像させる使われ方。

10年後が、とっても楽しみな家。

2つの雑誌で、9月に掲載予定です。
posted by 西久保毅人 at 23:32| 2009.7月〜9月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする