2008年12月11日

吉原さんの家

今週末に、吉原さんの家のオープンハウスを開催します。


407.jpg

案内の文面に書きましたが、
モロッコの家みたいなコートハウス。

それが、最初の吉原さんのイメージでした。
表面的なモロッコ風、っていうよりも
なんか、もっと気合いが入った感じ。

なので、僕も気合いを入れて、

モロッコとは何ぞや?
コートハウスとは何ぞや?

というのを、あれこれ考えてみました。

モロッコは行った事はないけれど、その街並や集落は、
すまいの原型として何となくイメージできます。
学生の頃から、僕もアジアや中近東、アフリカの集落の初原的な
形式はやっぱり興味があって、いくつかは実際に訪れてみました。

場所や気候風土は違うけれど、なんだか初原的なすまいの根っこを
それらからは感じます。便利さや豊かさと引き換えに、
日本の新しい住宅や街並が完全に失ってしまった、
何か空気のようなもの。

根本的にそれらの集落や住居形式がが作り出している世界は、
何なのだろうと考える事は、国はちがっても、
今の日本の住環境が失ったものは何だろうと、考える事と
同じだと思います。

どっちにしても、家だし、、、、。

現代建築で都市型コートハウスとして、一番明確な解答は、きっと
住吉の長屋でしょう。コートハウスの形式を純化していけば
していくほど、あのプランに建物は近づいていきます。
仕上げやプロポーションや室名が違うくらい。

純化されすぎているだけに、国境すら超えていき、きっと
モロッコの集落のコートハウスも、要素をそぎ落としていけば、
住吉の長屋になっちゃうんじゃないかな。

なっちゃう、っていうのは、マネするとか、参考にする、とか以前の
根本の形式そのものだ、という事。

そのものである、という事以上の強さや正しさはないと思うけれど、
その、「そのものだ」っていうコトが、僕にはどうも堅っくるしい。

そのものだ、って事は、もうそれ以上にも、それ以下にもなり様がないんだから。


で、それは、吉原さんの言葉から感じた事とは、なんか違う、って
思いましたし、今回僕が見つけたい、前述した集落が持っている
「すまいの根っこ」とも何かが違う気がしました。




、、、、、、と、まぁ、そんなにグダグダ考えてくれとは、
ひと言も言われた覚えはないんですが、そんな事を思いつつ、
計画させて頂いた住宅です。


結果的に、コートハウスのコの字もない住宅が出来上がりましたが、
別にこれはイジワルではなくって、
吉原さんのイメージを自分なりに拡大解釈した結果であり、
そんなに外した気もさらさらなく、
吉原さんの「まさにイメージ通りです」、っていう声が聞こえた
気になっている今日この頃であります。

とても楽しい家なので、ぜひ見に来て頂ければ光栄です。




posted by 西久保毅人 at 02:30| 2008.10月〜12月の気づき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする